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2004年5月

離見の見(りけんのけん)

この「目」をもつことができたら、どんな分野であっても達人の域に達するのでしょう。室町時代の能の大成者・世阿弥が説いたとされていますが、能のことは全く知りませんので、もしかしたら本質的に理解が間違っているかも知れません。
当事者でありながらも一歩引いて全体像を俯瞰する「目」をもつこと
だと私なりに理解しました。最近の読書で偶然にも何度も出会ったコトバです。数冊に共通して発見されたキーワードというのは面白いもので、確かに自分が知りたかったことの一部を端的に表しています。
・朝まで生テレビの視聴者になったつもりで会議に参加してみる。(by「質問力」の著者齋藤孝さん)
・一流選手はスタジアムから自分のプレーを見ているもう一人の自分をイメージできる。(byNYヤンキースの松井を観察した児玉光雄さん)
・営業マンのセールス活動を「お客さんが買うためのお手伝いをすること」と捉えなおす。(by感動プロデューサー平野秀典さん)
・クルマを運転している時に、真上から見た図を想像しながらハンドルを握る。(by元F1レーサーの中嶋悟さん)
そう考えると、500年以上経った今でも「十分に応用」できる、いや、そこまで至らずとも「心がけたい」知恵といえますね。特に、何かに行き詰まったとき、冷静さを失った場面で応用してみたい視点です。

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運動会を終え

今日、息子の通う小学校の運動会があった。徒競走にしろ、リレーにしろ、白組の成績にしろ、「勝ったら飛び跳ねるほど嬉しいし、負けたら泣くほど悔しい。」その正直な気持ち、これからも大事にしてほしい。そのうえで、閉会の挨拶で副校長先生がお話されていたように、勝者を称える気持ちを持つことのできる人間に育ってほしい。
今日は本人にとっては、必ずしも楽しい思い出ばかりではなかったろうが、帰り際に、最後までよく頑張った!と褒めてやったら、いつもの笑顔が返ってきたので安心した。結果としての勝ち負けよりももっと大切なことがあることを感じてくれていたら嬉しいが。。。
祭りの後の寂しさを少し感じながら、息子と並んで帰った私は幸せ者です。青葉繁れる木立を通り過ぎたら「夏のにおい」がした。

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3400億円で時間を買った

一度でいいから記者会見でこんなセリフを言ってみたいって?日本テレコムを買収したソフトバンクの孫さんが買収理由についてこのような表現をされたとか。私はNOですけど。
駅前や繁華街で無料のADSLモデムを配っているパラソル部隊の人件費や、広告宣伝費が大半だと思われますが、YahooBBの加入者獲得のために毎月数十億円もかけていたというからまず驚きです。ソフトバンクがこれからも事業を拡大していくにあたって、自前で会員を増やす努力をし、ネットワーク網を構築、法人向けサービスを立ち上げるのに要する時間とお金を考えると、日本テレコムの17万社の法人顧客、ネットワーク網、ODNユーザを買ってしまった方がメリットが大きいと判断したようですね。孫さんは3年で買収額を回収できるという読みだとか。いつも常識を覆す孫さんの決断力、行動力にはある種の尊敬を感じますが、もし自分が日本テレコムの従業員の立場だったら複雑な心境です。これまで(砂を噛むような)努力をして築いてきた実績や信用、思いがお金で買われてしまった訳です。お金さえあれば何でも買えるという事実、それが「資本主義というものだ」といえば確かにそうなのですが、企業組織までも商品のように売り買いすることによって世の中に生まれる価値と損失は、一体どちらが大きいのだろうか?と考えさせられたニュースでした。

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いいんかいの心得

委員会の最適人数は0人だそうです。
上院議員のハリー・チャップマンが皮肉をこめて次のような心得を考案したといいます。

1)甘く見られないように開始時間どおりに顔を出すな。

2)思慮深い人と思わせるために会合の半ばまで口を開かないこと。

3)発言はあいまいにしておけば誰も傷つかない。

4)判断がつかないときには小委員会の設置を提案せよ。

5)だれよりも早く休会を提案すること。みんな休みたがっている。

「コトラーのマーケティング・コンセプト」という本の一小節に、概ねこんなことが書いてありました。
これでいいんかい?

コトラーのマーケティング・コンセプト
コトラーのマーケティング・コンセプト

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道を知ることと実際に歩むことは違う

今さら「マトリックス」なのですが、先週末DVDをレンタルしました。モーフィアスがネオに語りかけたこの言葉いいです。
"マトリックスは「知ること」と「信じること」の矛盾というテーマを扱った作品である"
ネットで調べてみたら、こんな風に指摘している人がいて感心しました。2、3回見て分かったというコメントも多く、何度も観る人が結構いたり、謎解きサイトまであって楽しめました。こういう映画をつくれる監督(ウォシャウスキー兄弟)ならば、今度は監督名から観る映画を探したくなりますね。
エージェント・スミスに撃ち殺されたはずのネオが、トリニティーのキスによって覚醒するシーン(ちょっと展開にムリありと感じたシーン)も、実はテーマとして織り込み済みだったわけです。すなわち、「あなたが愛した男が本物の救世主だ・・・」を確信したトリニティの力が、「おまえは救世主ではない」と知らされたネオを救世主に変えてしまった瞬間だったのです。
人間たちが現実だと思っているのは「マトリックス」と呼ばれる仮想現実であり、現実はコンピュータが人間を栽培する夢のような世界。それが現実ならば知らない方が良いと考えたサイファーが、エージェント・スミスとの取引によって、バーチャルな世界で生きる道を選ぶ代償としてモーフィアスを売る行為にでてしまうのも、実は「知ること」と「信じること」を対比させたシーンだったことがわかります。
なるほど、知ることは信じることに及ばないと確信する「モーフィアス」のこの名言に落ち着くわけです。

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セキレイの目に針穴

自分だけが知っている「秘密の暗号」を仕込んでおく。わが身を守るための戦国時代からの知恵です。仙台藩60万石を統治した伊達正宗が、一揆を扇動したと豊臣秀吉から疑いをかけられて証拠文書を突きつけられた際、「自分の書簡には直筆の証として、鶺鴒(セキレイ)をかたどった花押のちょうど目の部分に針穴があいているはずだ」と返し、秀吉を黙らせたという逸話はあまりにも有名です。(もっとも歴史書によれば、一揆の首謀者はまちがいなく正宗であり、あまりにも用意周到な策略に秀吉もそれ以上問い詰めなかったらしい・・・)
これに似た方法、今日においても効果的だということを職場の同僚が教えてくれました。会員カードを作成したり、ネットで買物するなど、どうしても個人情報を記入しなくてはならない時には、住所の最後に「記号」を入れておくのだそうです。そうすると個人情報漏洩のトラブルがあったときに、どこから漏れたのかルートを特定しやすくなるといいます。実際、記号の入った住所が宛先に書かれたDMが届いたことが過去にあったそうです。
確かに用心するに越したことはないのですが、一方では「なんだかなあ」とやりきれない思いが残ります。

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菅さんや小沢さんの進退問題ではなく・・・

菅さんも小沢さんも、年金を払う意思も能力もあっただろうに、手続きを知らなかったり、間違ったがために辞任に追い込まれました。「うっかりミス」であることは誰の目にも明らかでしょう。不謹慎な言い方ですが、個人的にはお気の毒とさえ感じています。今回の騒動では、とにかく過去のミスへの「けじめ」ばかりが強調された感は否めません。
これからどうするのか?それこそが本質的な問題です。制度をわかりやすいものに改革するのは必須ですが、それ以上に根深い問題が横たわっていると感じます。
支払意志(能力)があるか否か、手続きを知っているか否かという4象限で考えてみたときに、まず一番に手を打つべきなのは、「支払意志も支払能力もあるけれども手続きをよく知らない層」だと思うのです。ここでいう「手続きをよく知らないこと」とはまさに「制度の欠陥」を意味するでしょうから、一元化のような方法論で「透明でわかりやすい制度」に改革していけば、効果は必然的にみえてくるはずでしょう。
問題はもう一方の「意志」についてです。これは根深い問題がありそうです。「制度の存在や手続は知っていながら支払わない」という、いわゆる確信犯の存在です。国民としての義務を怠っているこのような方々ほど、「必要性は主張するものの自分は関わりたくない」という無責任な態度、みんなが犠牲を払ってつくりあげた「安心」や「公共資本」にタダ乗りしても良心が痛まない人たちではないでしょうか。決められたことを守るというのが法治国家の大前提です。「ゴネ得」や「わがまま」によって一旦これが崩れ出すと、何でもありの恐ろしい社会になってしまいます。日本の集団主義が「相互監視・相互規制のしくみ」に起因しているという”恥の文化”として指摘されてから久しいのですが、もうそろそろ「人が見ているから」とか「他の人も払ってないから」・・・という動機ではなく、あらためて公共の利益というものを自分自身の理性で考え、行動していける社会でありたいものです。
教育研修の仕事にたずさわっていると、社員に対するコンプライアンス教育でもこれに近い議論がうかがえます。法令遵守という切り口は、ある意味、人間を性悪説でとらえています。法による罰則が人間の行動にブレーキをかけるという考え方です。当然、法にふれなければ何をやってもいいというはずもなく、倫理観であったり価値観の構築が必要になってくるわけです。企業においては価値共有の拠り所としての「ブランド」が重視されつつあるように、たとえ個人であっても「自分ブランド」は自分で創り、守っていく時代なのだと実感させられます。

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BECK'S COFFEE SHOP

今日はフェーン現象のため甲府で34℃まで気温が上がったそうです。いよいよアイスコーヒーが美味しい季節になりましたね。オフィス街の定番コーヒーショップといえば、ドトール、スターバックス、最近ではターリーズなんかもよく見かけるようになりました。そしてBECK'Sのコーヒーもなかなかイケると聞きました。つくり置きしないで、オーダー毎に豆を挽いて一杯ずつ入れるようです。ショップはJR東日本の駅構内にあり、JR東日本管轄の新幹線の車内サービスでもこのコーヒーが飲めるとか。スタバがShortで260円ですから、190円で美味しいアイスコーヒーが飲めるとすれば吉報です。同じ時期から今も禁煙を続けている"同志"の先輩からの耳より情報でした。

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人望力

「何をやるのか」「何のためにやるのか」という知的動機だけでは人は動かない。「誰のためにやるのか」という情的動機、すなわち「あの人のためなら」「あの人のいうことなら」という゛なら゛の気持ちをもたせるのが「人望」である。/童門冬二「人望力」より

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一定の成果をあげた?

便利な言い回しです。発展的解消の枕詞として使われるのが常のようで、「○○プロジェクトでは△△するなど一定の成果をあげたと評価。そのうえで×××することとした。」という構文がわれわれの中に既にできあがってしまっています。政治家や官僚がモノゴトの節目で使うケースが目立ち、世の中で違和感なく定着している感じがしますね。
でもよくよく考えてください。「一定の成果をあげた」って日本語はちょっと変じゃないですか?
すべてがそうだとはいえませんが、往々にしてあるパターン。
・主語がない=だれが一定の成果と認めているのかが分からない。
・比較基準が不明=一定というからには、定められた範囲があるはず。何に対して一定なのか。
・成果の質に言及せず=成果が一定だったと言っているだけで、これではどんな成果だったのか分からない。
・結果だけを羅列=本来、成果には成果を生み出すためのプロセスも含まれるはず。
これらをきっちりと明示する人もいます。でも、単に何かを終わらせるための通過儀礼として報告書などに散りばめられるこのような大人の言い方には十分注意しなければなりません。特に過去形で使われている場合は要注意かも。
俗に成果主義といわれるこの時代、わたしの嫌いな「勝ち組みvs負け組み」とともに、「成果」というコトバも中途半端に使うことは避けたいと感じた次第です。

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東京原発

先月みた東京原発という映画の中で、原子力安全委員会のメンバーである榎本教授が冷静な表情で、「きっとチェレンコフの光を見てしまったのでしょう」という場面があります。原発での臨界事故の様子をこう表現しているのですが、このセリフがもつ絶望感、無念さといったら、想像するだけで現実逃避したくなります。
「国が高速増殖炉の実用化を当面断念し、プルサーマル発電を主軸にする」と一部ニュースが報道したことに対し、政府がこの報道を強く否定していることを知って思い出しました。

原発を動かせば、必然的にプルトニウムを含む廃棄物がでるわけですが、映画をみると、この扱いをどうするかが人類史上稀にみる課題になっていることがわかります。
そこで、プルトニウムをさらに燃料として再利用しようというのがプルサーマルです。但し、処理施設建設やその維持運営には莫大なコストがかかります。今ある原発でプルトニウムを燃やそうとすると近隣住民の理解が得られません。しかも廃棄物は30年以上という気の長くなる間、管理保管する必要があるというのです。プルトニウムは核兵器になる大変危険な物質で、たとえ廃棄物という扱いであっても、それを持つことが国際的な緊張感を高めているといわれています。ドイツは脱原発の道を選びました。

この映画のように、東京のど真ん中に原発を誘致するなど、現実には有り得ないことでも、「もし自分が原発の側に暮らす身になったら・・・」を考えることの意義は大きいと思いました。
Not In My Back Yard の頭文字をとって「NIMBY症候群」という言葉があります。「原発は必要だが俺の裏庭に作るなら反対だ」という意味だそうです。役所広司が扮する天馬都知事のねらいは、まさにこの問題をフォーカスすることにあったといえましょう。

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三日普請

その昔、織田信長が清洲城の石垣を急いで修理しようとしていた。遅々として進まない作業にいらいらしていた信長に、木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が、どう見積もってもあと30日から50日はかかろうという仕事を、5、6日で仕上げてみせましょうと志願し、なんと3日で成し遂げてしまうという話。面白かったので引用しておきます。
「すみやかに石垣を修理する」という「目的」に対する「手段」として、藤吉郎の着眼力を賞賛する文脈として紹介されてました。
1)人夫にやる気を出させるために、早く終われば奨励金を出した
2)石垣を修理する作業工数を見積もり計画をつくった
3)石垣職人などの熟練工には彼にしかできない仕事に専念させるなど分業制を導入した
という3点です。
目的と手段の関係に注目したとき
 目的<手段ならばムダであり
 目的>手段ならばムリが生まれ
 目的と手段がつりあっていない状態をムラ
といい、目的と手段がつりあっていれば「能率的」であってベストな状態になります。必要なものを必要なだけという思想は、現代にも通じる考え方ですね。
ちなみに「普請」(ふしん)とは、もともと禅語で「普(あまね)く請(こ)う」と読み、「大勢にお願いする」という意味だそうです。「道普請」は、春秋の彼岸の頃、村人たちが総出で雑草をとったり、土手の草を刈ったり、平にならしたりする年中行事のことで、各地で盛んに使われていたとのこと。

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迷ったときは・・・

子供とインターネットで遊んでいたら、みちびきエンゼルを見つけました。ドラえもんがポケットから出す道具の一つです。迷った時、決断できないとき、助言をくれる天使です。最後に背中をポンと後押ししてくれる味方のようなものです。似たものとして「魔法の杖」ならわが家の本棚にも一冊あります。この本の使い方に従い、まず深呼吸してみて目を閉じ、パッと一息にページを開いてみます。そこには、「スペードのエースが出ました。それなしで生きることを学びましょう。」などと書いてあります。ここからは自分自身のイマジネーションの世界になりますが、大抵はなるほどねえ・・・(ため息)とアタマで納得することになります。で、重要なのはこの先だと思うのです。このアドバイスに従って実際に行動してみるということです。従う従わないは別にどうでもよいのですが、『いろいろ考える前にまず行動してみる』これは、簡単なようで、常に意識しないとなかなか実践できないことですね。
先のことは予測不可能なんだから、何とかなるさ!という開き直り、決断したからにはトコトン行くしかないじゃないかという割り切り、勝つまでやり続けるんだという執着心、すなわち肝をすえて行動することが重要だという考え。私が感銘をうけたプロマネの達人も『目の前に大きな岩があって動かさなければならないとき、リーダーは「なんとしてもこの岩を動かすのだ」と最初に押し始めることが出来る人でなくてはならない』と、やはり行動することの大切さを主張されています。最近いいなと思った本でも概ねそんなことが主張されてます。

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母の日に「うなぎ」をこめて

「デパ地下の味!口の中でとろけるような美味しさを贈ります」のキャッチコピーに惹かれ、思わず楽天で買い物かごに入れてしまいました。なんと浜名湖産です。なぜ、うなぎなのか?。実はこのうなぎ、只者ではないのです。オリジナルメッセージにカーネーションを1輪添えるというコ憎たらしい演出がほどこされているのです。さっそく「ママいつもありがとう。うなぎをたべてますますげんきになってください。」という50文字以内のコメントを画面で打ち込みました。あとはオートマチック、我々の気持ちをクール宅急便に詰めて、家まで運んでくれるところまでやってくれます。午前必着で指定したはずのうなぎが、午後になっても届かないという小さなアクシデントがあってヤキモキさせられましたが、うなぎ職人が1匹1匹丹精こめて焼き上げたという逸品にみんな大喜び。食卓では子供を含む全員が、最後の一口をいつまでもキープしているのでした。

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辞任か続投か

福田官房長官が辞任した。政治不信を招いた責任をとって辞めるということらしい。たしかに政治家としての潔さは感じますが、辞めたことで何一つ問題は解決しないでしょう。「けじめ」というならばペナルティとして100倍の金額を追徴した方がはるかに納得性が高く、合理的ではないかと。
大元の原因は「年金制度がわかりにくい」という制度の欠陥です。これを何とかしないことには、根本的な解決にはいたらないのは明らかです。責任をとれ!辞めろ!といって、犯してしまった罪を追及するよりも、今回の反省を活かして「どうしたら改善できるのか」を真剣に考え、実行してもらいたい。
そんな折、党内からも難があがっているにもかかわらず、TVの生番組に出演し、続投の意を表明していた菅さんには期待してます。決して褒められたことではないでしょうが、自らのミスは自らの仕事で挽回してほしいと思います。社会保険庁には、「政治家が国民年金を払っていないんだから、自分も払わないといった抗議や苦情が寄せられているそうですが、そんなふうに言う人が多いとは、筋違いもいいところだと悲しくなってしまいます。

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“ カッコイイ”日本

そういうことだったのね・・・海賊版撲滅キャンペーン、クリエイティブ・コモンズ、コピーワンス放送、などなど、最近耳慣れないワードがやたら目に入ってくると思ったら、政府が「コンテンツビジネスを国家戦略の柱に」を合言葉に、コンテンツビジネス振興政策なるものを4月に発表していたのですね。失礼しました^_^;
標語として、
All Japan
  官 ・民すべての関係者が連携・協力して諸課題に取り組む
Brand Japan
  日本ブランドの向上を目指し,海外市場戦略を重視していく
Cool Japan
  “ カッコイイ”日本を目指す
Digital Japan
 デ ジタル化・ブロードバンド化に十分対応していく
E­ Tech Japan
  先端技術の研究開発・活用を推進する
掲げられていましたが、言葉遊びにしてもちょいと厳しいかなあ。でも、Cool Japanってところは個人的にはすきです。
おもちゃのバンダイが香港でガンダム模型の展示ショーを開催したそうです。生誕25年の今でも相当な人気らしいのですが、そのねらいというのが海賊版撲滅キャンペーンだといいます。著作権やコンテンツの権利というと「ガードしよう」という姿勢が感じられるのですが、むしろ、どんどん普及させ、多くの人に使ってもらう代わりに、対価としての課金がきちんとできるような技術なりシステムの開発に力を入れた方がいいんじゃないかと感じます。国家戦略を標榜するのであれば、「守り」だけでなく「攻め」の視点も忘れずにもちたいものです。
映画、音楽、アニメ、ゲームソフトなど、わが国のコンテンツが国際的にも高い評価をうけつつある今、「教育」という分野においても日本発のソフトパワーが炸裂するよう、関係者としては日々研鑚に励みたいと思います。

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乗車率

横浜地下鉄の最後尾の車両にのっていたら運転席の計器パネルが見えました。その中で「乗車率」というデジタル表示のパネルがあって、混雑するにつれてこの値が大きくなっていく様子がわかりました。乗ったときは56%で我々のような物好きな親子を除いてほぼ乗客全員が着席している状態。降りる直前では76%と表示されていて、乗客はお互いに体が触れ合わない程度に立っている状態でした。どうやって計算しているのか興味深いですね。重量センサーかなんかで測定しているのでしょうか?でも、そうだとしたら凸凹の振動で値がブレる気もするし。車両ごとに混雑具合は異なるだろうから、すべての車両を平均する計算をしているのだろうか?車掌や乗務員は一体何のためにこの値をモニタリングするのだろうか?などなど、素朴な疑問が残りました。
さすがGWともあって、都内の地下鉄(東京メトロ)はガラガラでしたが、原宿の竹下通りはまさに黒山の人だかり状態。10M進むのにゆうに1分間はかかりました。久しぶりに歩きましたが、100円ショップダイソーや定食の大戸屋が軒を連ねているのには時代の移り変わりを感じました。さらに、通りを抜けて右手には、ブックオフまでも出店していて、思わず目にとまったマカロニほうれんそうを衝動買いしまいました。どのお店も乗車率は高かったようです。

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東京タワー

中学校の修学旅行で訪れて以来、20数年ぶりかで登りました。子どもからのたってのリクエストで来てみたら、やはり定番の観光地、すごい混雑振りでした。あいにく視界が良くなかったので遠くを見渡すことはできませんでしたが、何故かわくわくする気持ちは大人になっても変わらないものです。帰りは膝が笑いながらも約600段の階段を下り、お土産やを物色していると、ペナントや提灯が売られているのを発見。なにかもの悲しい中にも郷愁を思い起こさせ、自分が子どもだった時の素直さ、純朴さが、今日一緒に遊びに来た自分の息子と重なってしまいました。
夕方にはヤクルトvs中日戦を神宮球場で観戦しました。乱打線のため試合時間が長く、後ろ髪を引かれつつも5回裏を終わって出てしまいました。
息子が大人になった時に、今日のことが父親とのよき思い出になってくれるといいのですが。

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景品

モルツの陶製タンブラーが当たりました。出かけた先の公園で昼ビールをしようと思ってコンビニで買ったやつです。開けたその場で「当たり」くじが出ました。景品そのものよりも当たったという事実が黙っていられずに、思わず「当たった!」と大声をあげてしまいました。24本に1本あたるというコンビに限定キャンペーンだそうですが、そんなことをやっても儲かるように出来ているんですかね、ビール業界というのは。郵送で送ると1ヵ月くらいで景品を送ってくれるそうですが、送料だけでも相当なコストになるはずですし、応募受付や仕分け、発送にあたる作業員の人件費、さらにキャンペーンの販促費用を差し引いて利益がでているとしたら不思議です。いまどきシェア争いで利益度外視の競争をしているなんてことはないですよね。まあビール好きには嬉しい限りなので、ありがたく恩恵を被りたいと思っています。
販促用の景品ではないのですが、ここ最近、不二家でペコちゃんが盗まれる事件が相次いでいるとか。昨夜のニュースでやっていました。ネットオークションで高値で取り引きされていることが背景にあるようです。あるコレクターの人は、コレクションはそれを収集する過程での色々な人との出会いが楽しいのであって、盗んでまで集めるとは言語道断というようなコメントをしていました。我が家にある希少価値が高い?と思われる景品といえば、ビクター製のワンちゃんくらいですが、つい押入れの中に消息を確かめてしまいました。相変わらず首をかしげたままでしたが、もっと可愛がってくれる人にもらわれた方が幸せなのかも。「時期」がきたらそれも考えてあげようかな。

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