« 蓮&さくら&美咲 | トップページ | ぞうりあみ »

【ローマ人の物語5】穏やかな帝国主義

ヨーロッパとアジアにまたがる地方を統治していたアレクサンダー大王の没後、この地域はマケドニア、シリア、エジプト、そしてギリシアの都市国家といった国々に分立しました。これらのヘレニズム諸国を支配していたのは、いずれも百人いれば百の意見が並び立つというギリシア人でした。マケドニアの侵攻に対し、支配されることに慣れていない気高いギリシア人は、当時の新興勢力ローマを利用して追っ払おうとします。ギリシア文化にあこがれていたローマ人はギリシアからの要請を快諾し、ローマ対マケドニアの戦いがはじまりました。

p109 ギリシア人には、ほとんど信じられないことであった。他民族であるローマ人が、危機に瀕していたギリシアの独立と自由を救うために、彼らの費用で彼らの血まで流して闘い、しかもその後で全軍を撤退するということが信じられなかったのである。

マケドニアを壊滅させるほどのローマの快勝でしたが、この戦いを指揮した将軍フラミニウスの宣告を聞いたギリシア人の反応です。そもそもマケドニアにお灸をすえる位にしか考えていなかったローマは、いつものやり方を採用したのです。ハンニバル戦争後も一貫して採用してきた「穏やかな帝国主義」です。帝国主義とはいえ、いわゆる軍事力で他国を押さえつける侵略主義とは少し違うようです。それは、支配・被支配の関係ではなく共存共栄の関係です。

p136 嫉妬は、隠れて機会をうかがう。機会は、相手に少しでも弱点が見えたときだ。スキャンダルは、絶対に強者を襲わないからである。

もはや地中海の覇者となったローマの重鎮スキピオの弱点は、健康状態の悪化にあらわれたといいます。もともと反スキピオ派であったカトーが500タレントの使途不明金を告発し、スキピオは市民集会で裁判にかけられます。これまでローマの穏やかな帝国主義を引っぱってきたスキピオは失脚し、別荘で静かに死んだのと同じ年、偶然にも盟友ハンニバルも毒薬をあおって死んでいます。ローマ軍の一隊長に追い詰められ、身柄の引渡しを求められたのを知って自害したといいます。ちなみに、スキピオの公金横領の疑いは濡れ衣であったことが死後証明されたとのこと。ローマの稀代の英雄の最後にしては何ともやりきれない話です。
以上 文庫版「ハンニバル戦記(下)」より。

|

« 蓮&さくら&美咲 | トップページ | ぞうりあみ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/24960/2304422

この記事へのトラックバック一覧です: 【ローマ人の物語5】穏やかな帝国主義:

« 蓮&さくら&美咲 | トップページ | ぞうりあみ »