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教師奴隷

ローマ人の物語を読んでいて、現代と感覚の違いを感じるものの一つに「奴隷」があります。塩野氏の別書である「ローマ人への20の質問」(文春新書)でも、16番目の質問として、この「奴隷」が取り上げられていますが、奴隷制=悪という常識ができたのはたかだか200年前。古代ローマはそれより2000年前であり、それが時代であったという説明に、何となく納得してしまいます。
spartacusギリシアの哲学者アリストテレスが、「肉体を使うことのみによって仕事をする存在。」と定義すれば、それより200年も前に生きたローマの王セルヴィウス・トゥリウス人は、「自由民と奴隷のちがいは先天的なものによるのではなく運命のちがいにすぎない。」といったそうです。ローマでは解放奴隷という考え方が定着しており、一定の条件のもとで市民権を獲得する道も残されていたのです。奴隷たちは、優れた才能や技能を身に付ける方が、反乱を起こすよりも自由民になる近道と考えた。だからこそ、スパルタクスの乱のような大規模な奴隷の反乱は、ローマにおいてほとんど起らなかったのだという見方は面白いと思いました。
一口に奴隷といっても、熟練技術者として厚遇される者から、それこそ鎖につながれて鉱山などで酷使される奴隷まで、グレードは様々だったようです。そして、ローマで最も高かったというのが「教師奴隷」。ギリシア語や弁論術をローマの良家の子弟に教える家庭教師です。奴隷という身分でありながら、ギリシア語の構文をまちがえたからといって子弟の耳をひっぱっても親は抗議しなかったという逸話があるほど、立場が強かったというから驚きです。またローマの上流階級では、主人の息子とともに、その秘書として奴隷の子をいっしょに家庭教師に学ばせ、教育する慣習があったため、死までを主人とともにする奴隷も少なくなかったといいます。ローマにおける主人と奴隷の関係には、日々の生活をともにすることで生まれた情や絆があったのです。
なお、逆にして「奴隷教師」と呼んだ場合には、意味が変わってしまう可能性があるので注意のこと。

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コメント

金儲けばかりを考えている現代の派遣会社や中小企業の社長らは奴隷商人だと思います。1日15時間労働で月10万円以下の給料で、保険も年金も何もなしという環境で働かされている若者が今、ものすごく多いです。しかも、働かされている本人達は気がついていないことが多いんですね。もっと多くの人に気がついてほしい。そして、若者がもっと活き活きとした社会になることを願っています。

投稿: d | 2005/10/10 01:16

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