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【ローマ人の物語8】カエサルにとってのカネと女

借金は身を滅ぼすと信じ、返済への強迫観念に苛まれた生真面目なカティリーナは、「借金全額帳消し」を公約して執政官に立候補しました。しかし、そんなことをされてはたまらない元老院の手回しによって阻止されます。不満分子はクーデターを企てますが、これは実行されることなく「カティリーナの陰謀」のまま終わります。やがて捕らえられたレントゥルス以下5人の決起代表者に対する裁判で、カエサルが熱弁をふるいます。小カトー、キケロらに反論され結局5人は死刑となってしまいましたが、文字を追うだけでも突き動かされるほど迫力のあるシーンでした。以下一部引用します。

p178 ・・・わたしは諸君に、歴史を思い起こされることを願う。多くの王も多くの民も、怒りか慈悲に駆られたあげく滅亡した。それよりもわたしが、喜びと誇りをもって思い起こすのは、われわれの祖先たちの所行である。われらが祖先は、感情に流されることなく、公正であるか否かによって諸事に対してきた。・・・

カエサルの諸言行やエピソードから、当時のローマ人を魅了した英雄像が浮かびあがってきます。なかでも、カネと女に対する常識外れともいえるスケールの大きさには圧倒されました。

p124 カエサルは、モテるために贈物をしたのではなく、喜んでもらいたいがために贈ったのではないか。女とは、モテたいがために贈物をする男と、喜んでもらいたい一念で贈物をする男のちがいを、敏感に察するものである。

やたらと女にモテたというカエサルですが、それでいて女たちの誰一人からも恨まれなかったといいます。その秘訣?ですが、借金をしてまでのプレゼント攻勢もそうですが、塩野氏は、愛人の存在を公然として振舞ったこと、誰とも決定的な縁切りをしなかったこと、そして妻であれ愛人であれ、女というものを決して傷つけない、無下にはしなかったことだろうと推察しています。

p213 借金が小額であるうちは、それは単なる借金に過ぎず、債務者にとっての保証にはならない。だが、借金が増大すれば事情は変わってくる。多額の借金をもつことは、もはや「保証」を獲得したことと同じになる。多額の借金は、債務者にとっての悩みの種であるよりも、債権者にとっての悩みの種になるからである。

確信犯ですね。冒頭のカティリーナと比較したときには気の毒でさえあります。それでも彼が英雄たりえたのは、"大きすぎてつぶせない"ほど借りまくった金を、街道の修復や盛大な剣闘試合の主催、選挙運動に使ったからであり、私腹をこやすためには一切使わなかったからでしょう。国家大改造という大目標に対し、スポンサー(というか最大の債権者)であったクラッススとて、カエサルにはお金を貸し続けるしかなかったといいます。
以上 文庫版「ユリウス・カエサル ルビコン以前(上)」より。

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