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「予知」と「占い」

当ブログへのアクセス状況をみていたら「危険予知」という検索キーワードが目立っていました。MSNやYahooの検索エンジンで、以前アップした記事がヒットしているようです。地震が起きたり、津波に襲われたり、このところ大きな自然災害が相次ぎました。阪神大震災から10年であること、六本木ヒルズの回転ドア死亡事故の件もあって、人災を含めたさまざまなリスクから身を守ることへの関心が高まっているのかもしれません。

ところで、「○○予知」といったとき、○○には「地震」、「災害」、「事故」、「犯罪」・・・等々、できるならば避けたいと思うものが入りますよね。そんなことから、予知とはこれまでに得られた経験や知識、情報から、将来の望ましくない事態を避けるために行われる「守り」の印象があります。予知そのものよりも、予知後の対策や準備に重きが置かれるのが一般的かと思います。
一方、似て非なるものとして「占い」があると思います。占いについては、「避けたい、守りたい」というよりは「納得したい、知りたい」という動機で行われる「攻め」のイメージがあります。そして、それが人生を変える、あるいは運命を変えるキッカケになるかどうかは、それを信じるあなた次第というわけですが、そこでは、占いの結果そのものに重きが置かれるといえそうです。専門家の方からみたら語弊になってしまうかもしれませんが、

占いはあくまでも啓示であって、それを信じるか信じないかは当事者次第である。進むべき道に迷っていたり、自分では凡そ結論を決めているけれどもアドバイスが欲しかったりするときに、人は占師さんに頼るのであって、占いとはカウンセリングのようなものだ。
「占い」というものについて、昔そんな考えを聞いて、なるほどなあと感心した記憶があります。ローマ人の物語を読んでいると、重要な意思決定場面において、よく「鳥占い」が登場します。(出陣前の恒例行事として、ローマ軍はにわとりの餌のついばみ方で吉凶を占ったそうです。)また、最近の大河ドラマ義経では、陰陽師の占いに頼る息子に対し、清盛が「性根を入れろ!」と一喝する場面があったのを思い出し、ふと、予知と占いの違いについて考えてみた次第です。

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