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【ローマ人の物語7】スッラが守ろうとした革袋

執政官となったルキウス・コルネリウス・スッラですが、同盟者戦役後のユリウス市民権法によって生まれた新市民と、元老院を中心とした旧市民の内紛に巻き込まれ、一旦ローマを追われます。名誉を汚されたと感じたスッラは腹心の私兵とともにローマに戻り、武力で首都を制圧します。

p70 ルキウス・コルネリウス・スッラは、「元老院体制」としてもよいローマ特有の共和政という「革袋」を、懸命に修繕しようと努めたのである。あちこちのほころびもただ単に古くなったがゆえであり、丈夫な革きれをあてて補強した革袋の中には、新しい葡萄酒を入れれば、まだ充分に使用可能であると信じていたのだった。

基本的には保守派で、この言葉に象徴されるように少数指導制というローマの政治システムを維持しようと努めた優れた政治家だったといえましょう。たとえば次のように形容される言動から、スッラという男の人物像が浮かび上がってきます。
・言動は常に「ドス」が効いている。
・ものごとの解決の優先順位を明確にし、決めたからには迷わない男。
・味方に対しては理を踏んでの説得の労を惜しまない。
・法にのっとって民主的に任期無制限の独裁官に就任した。
・地中海全域に睨みを効かせることができた唯一の人
・自ら独裁官を辞任し、ローマから離れて隠居。回想録では自分のことを「幸運に恵まれた者」と書く。
・公生活では厳正な態度を崩さなかったが、いったん家にもどるや、冗談好きで馬鹿騒ぎも辞さないローマ人に一変。

p120 システムのもつプラス面は、誰が実施者になってもほどほどの成果が保証されるところにある。反対にマイナス面は、ほどほどの成果しかあげられないようでは敗北につながってしまうような場合、共同体が蒙らざるをえない実害が大きすぎる点にある。

なぜスッラ体制が崩壊したのか。スッラが守ろうとした元老院体制を維持し続けるためには、一個人の力を突出させてはならなかったことを、このような示唆に富んだ表現で塩野氏は説明しています。反スッラ派ではなく、スッラの股肱(ここう)の臣ともいうべきルクルス、クラッスス、そしてポンペイウスなど、門下の俊英たちが、実はスッラ体制崩壊の張本人だったというところが非常に興味深い点でした。
以上 文庫版「勝者の混迷(下)」より。

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