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【ローマ人の物語7】偉大なるポンペイウスだが

スッラ体制の崩壊後、ローマを率いてきたのは独裁官ポンペイウスでした。上司にあたるスッラが冗談めかして「マーニュス」(英訳ではザ・グレートの意)を付けて呼んだといわれる若き武将です。まんざらでもなかった様子のポンペイウス君ですが、その才能を如何なく発揮し、若くして凱旋将軍となった働きが、年功序列制にこだわる元老院体制と比較して、実力主義とたとえられています。

p194 43歳にしてポンペイウスは、「マーニュス」の尊称が、今度こそはまったく皮肉に聞こえない偉業を成しとげたのである。地中海世界全域で、最も有名なローマ人は、いや他民族を入れても最も有名な人物は、紀元前60年代の当時、まちがいなくポンペイウスであったろう。

ポンペイウスが実力で勝ち取った成果を追ってみると、第一にスペインでのセルトリウス戦役。スッラのブラックリストにのったセルトリウス(第二のハンニバルと呼ばれた)を追い討つべく、特例の絶対指揮権を与えられてスペインに派遣され、これ勝利します。第二に、その実績を引っさげて凱旋式挙行を要求しました。しかし年功制のもとでは資格のないポンペイウスは、「スパルタクスの乱」を平定したものの市民たちの人望に欠けるクラッススと秘密裡に結託して執政官に当選し、名実ともの将軍となります。第三に地中海の海賊一掃作戦の成功があります。捕らえた海賊たちには生業をあたえ住まわせた町を再興します。さらに勢いづくポンペイウスは、ポントス王ミトリダテスの制圧。(第三次ミトリダテス戦役)にも軍事と外交の両面から勝利します。
これらの活躍によって、ポンペイウスは小アジア地方の完全平定を実現し、地中海は文字どおりローマの「内海」に変わったのでした。巻末の地図ではローマ勢力が見事に地中海を包囲している様子がわかります。

p176 オチデント(西欧)での同盟とは、弱い国を味方にして強国に対抗するものだが、オリエントでは、強い国の味方になって弱い国を倒すものなのである。

第三次ミトリダテス戦役での小アジア諸国の姿勢です。パルティア王国(ペルシア)がローマと同盟を結んだことにより、危機感を抱いたアルメニアがローマに寝返ります。これでポントス王ミトリダテスは孤立し、ポンペイウスに滅ぼされることになったのです。ローマにゲームのカードとして使われただけのパルティアとの同盟において、「両国覇権の境界をユーフラテス河とした事が後に災いをよぶことになる」と書かれていた一節が何とも不気味な感じです。
しかし、このような偉業を成し得たポンペイウスでさえ、ヤコブ・ブルクハルトのいう「偉大なる個人」にはなれなかったといいます。「偉大な個人」とは、普遍と特殊、留まるものと動くものとが、一人の人格に集約されており、国家や宗教や文化や社会危機を体現する存在なのだといいます。いよいよ、ユリウス・カエサルの登場へと物語は続きます。
以上 文庫版「勝者の混迷(下)」より。

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