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【ローマ人の物語10】賽(さい)は投げられた!

カエサルがルビコン川を渡ることを決断したときの言葉で、元老院に対する宣戦布告を意味するあまりにも有名なセリフです。「ローマ人の物語」シリーズでも、ルビコン以前とルビコン以後で巻が分けられており、この出来事がローマ史上重要なターニングポイントとして意味づけられていることがわかります。

p234 「ここを越えれば、人間世界の悲惨。越えなければ、わが破滅」そしてすぐ、自分を見つめる兵士たちに向い、迷いを振り切るかのように大声で叫んだ。
「進もう、神々の待つところへ、われわれを侮辱した敵の待つところへ、賽は投げられた!」
兵士たちも、いっせいの雄叫びで応じた。そして、先頭で馬を駆るカエサルにつづいて、一団となってルビコンを渡った。紀元前49年1月12日、カエサル、50歳と6ヶ月の朝であった。

ルビコン川はローマの国境であり、軍を率いてこれを越えることは完全な国法違反です。というのも、軍勢を率いる権限をもつのは絶対指揮権(インペリウム)を与えられた属州総督だけであり、属州総督である間は首都の城壁内には入れないのがローマの法であったからです。ポンペイウスが元老院側に取りこまれたことにより、ポンペイウスを討つためにローマ人同士の戦いが始まろうとしていました。元老院主導の少数寡頭政に限界を感じたカエサルが、新しい統治システムを勝ち取るために仕掛けた戦いでもありました。

p177 私個人は、先にも述べたように、虚栄心とは他者から良く思われたいという心情であり、野心とは、何かをやり遂げたい意志であると思っている。他者から良く思われたい人には権力は不可欠ではないが、何かをやり遂げたいと思う人には、権力は、ないしはそれをやるに必要な力は不可欠である。ところが、虚栄心はあっても野心のない人を、人々は、無欲の人、と見る。またそれゆえに、危険でない人物、と見る。かつがれるのは、常にこの種の「危険でない人」である。

輝かしい戦績をもち、ローマ最高の武人としての名声を浴びるという虚栄心をくすぐられたポンペイウスが、狡猾な元老院に利用されました。政治的野心のないポンペイウスは、危険な存在とはみなされなかったのです。先にクラッススがパルティアで戦死したことで、すでに一角が崩れていた三頭政治による統治システムはこうして崩壊し、カエサルにルビコン川を渡る決意させました。
以上 文庫版「ユリウス・カエサル ルビコン以前(下)」より。

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