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【ローマ人の物語11】自らの考えに忠実に生きること

カエサルの信念ともいえるのが次の言葉です。1冊のなかで何度も同じ文章が引用されていました。カエサルがキケロにあてて書いた手紙の一節です。

p36&p104 わたしが自由にした人々が再びわたしに剣をむけることになるとしても、そのようなことには心をわずらわせたくない。何ものにもましてわたしが自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである。だから、他の人々も、そうあって当然と思っている。

「賽は投げられた!」という名ゼリフとともにルビコン川をこえたカエサルは、元老院派の人々を率いて本国から逃げたポンペイウスを追撃します。しかし、降伏を申し出てきた兵士たちに対しては、捕虜にしたり殺したりすることなく許してしまうのです。「自らの考えに忠実に生きる」という点ではスッラと同じですが、反対派というだけで容赦なく皆殺しにしたスッラとは違い、勝てる会戦でも回避に務め、殺そうと思えば殺せた捕虜さえ釈放するという、いわゆる「敵を許す」という巧みな戦後処理こそカエサルの優れた点でした。
しかし、この寛容さこそが敵対する人々を恐れさせます。のちにカエサルを暗殺するブルータスこそ、カエサルに許された多くの者の中の一人だったのです。

p92 剣を使わずに思慮で勝つのも、総司令官の力量ではないのか。

誇りをもったローマ人同士の内紛であるからこそ、武力で制するやり方ではなく、相手が降伏するように仕向けるというのがカエサル流の戦い方だったのでしょう。彼こそ、権力で人を動かすのではなく、人を自発的な意思によって動かすことの重要性を知っていたリーダーといえるでしょう。
以上 文庫版「ユリウス・カエサル ルビコン以後(上)」より。

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