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【ローマ人の物語13】カエサルからオクタヴィアヌスへ(後継者人事の傑作)

roma13

p19 3月15日と書けば、西欧人ならばそれがカエサル暗殺の日であることは、説明の要もないくらいの常識になっている。西洋史でも屈指の劇的な一日、ということだ。

その3月15日の出来事にはじまり、カエサルの志がオクタヴィアヌスに受け継がれていく経緯ついて、実に140ページ余りも使いながら、塩野氏による歴史観をふまえた解説が続きます。ここでもカエサル贔屓のトーンは変わりません。先日みたシェークスピア原作の映画ジュリアス・シーザーとは大分違っていた点も興味深かったです。個人的には次の2点について、キケロの証言をはじめとした歴史的考察にもとづいて、丁寧に描き出されているのが見事だと思いました。
一つは、「ブルータス、お前もか」のブルータスは、暗殺の真の首謀者であるカシウスに暗殺グループのリーダーにかつがれた知識人マルクス・ブルータスではなく、カエサルに仕えてガリア戦役にも参戦した青年将校デキムス・ブルータスだったのではないかとする説です。
もう一つは、ローマの民衆が、カエサルを暗殺した者たちを憎悪し糾弾するに至ったのは、アントニウスによる演説に扇動されたからではないとする説です。古代ローマ人にとって大変重要な意味をもっていた「誓約」、いわば紳士協定が暗殺者たちに蔑ろにされたことが、決定的だったという見方です。カエサルが終身独裁官になった直後、元老院議員全員がカエサルの身の安全を保証する誓約に署名し、それを信じたカエサルが護衛隊を解散していたのでした。多神教であるがゆえ、「人間の行動原則の正し手を法律に求める」という、このシリーズのバックグラウンドに脈々と流れる塩野氏のローマ人観そのものです。

カエサルの死後、その志をまっとうすることになったのは18歳のオクタヴィアヌスでした。自分を後継者に指名しただけでなく養子にし、必ずしも軍事的才能には恵まれていなかったことを察してアグリッパという優れた兵士を補佐役につけ、カエサルという家名まで継ぐように言い遺してくれた故人への思いこそ、オクタヴィアヌスを奮い立たせ、その後の彼を支え続けた意志の源泉になったのではないかと塩野氏は指摘しています。

カエサルの遺言状が公開されたときの反応は、ローマ市民たちは「オクタヴィアヌス、WHO?」といい、元老院階級の人々は「オクタヴィアヌス、WHY?」だったようです。そんな無名の若者を登用したカエサルの意図は、平時におけるオクタヴィアヌスの統治の才能を見抜いたからだったといわれていますが、カエサルの野望であった「帝政」への移行にあたって、自分の死をも想定した万が一の状況を考えてのリスクマネジメントだったのかもしれません

p109 ユリウス・カエサルの名を継ぐことは、一億セステルティウスの金の遺贈よりも効力があったのだ。それをわかって遺したカエサルも見事だが、18歳でしかなかったのにカエサルの真意を理解したオクタヴィアヌスも見事である。世界史上屈指の、後継者人事の傑作とさえ思う。

やがて、キケロさえも出し抜いたオクタヴィアヌスの「偽善者」ぶりによって、アントニウス、レピドゥス、オクタヴィアヌスの第二次三頭政治がはじまり、ローマの寡頭政体は完全に消滅したのでした。

以上 文庫版「ユリウス・カエサル ルビコン以後(下)」より。

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