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2005年8月

いいね、ポタリング

趣味=ポタリング、なんて人も増えている昨今。サイクリングと何が違うのか?、自転車にのらない散歩もポタリングなのか?・・・などなど、素朴な疑問がわいてきます。こういう時は百聞は一見にしかず。googleのイメージ検索でググってみるのが一番手っ取り早いわけですが、ポタリングでは実に8000件超がヒットしたのには少々びっくりです。
同類のキーワードとも思える「スローライフ」の検索件数にはさすがに及ばないものの、「ロハス」は軽く抜いていました。
ポタリングの根底にあるものは、東京を逆さまに呼ばせた「OYKOT(オイコット)ライフ」などのように、一昔前に注目された「田舎暮らし」への憧れや、自然回帰とも少し違うようですね。ポタリングから感じられるのは、むしろ都会の隠れスポットをゆっくり散策し、新しい発見をみつけようというコンセプトのようです。

先週末、どこかのテレビニュースが路地裏ビジネスの特集をやっていましたが、そこでも都心回帰的なトレンドの主役としてポタリングが取り上げられていました。とくに谷中、根津、千駄木の文京区界隈は「やねせん」と呼ばれ、下町探訪の代名詞にもなっているとのこと。そういえば、夕刊フジBLOGで以前紹介されていた「東京坂道散歩」なんて企画もそそられますね。

そんなポタリングという言葉はどこから来たのか、辞書やらネットやらで調べてみたところ、アメリカ英語のputteringを語源とする説と、イギリス英語のpottering語源とする説があるようでした。ちなみにポケット版オックスフォード英英辞典(中学に入学した時に近所のおばさんがお祝いにくれたもの)では、potter=Work in desultory manner(気まぐれな態度で過ごす)となっていて、putter=golf-club used in putting(パット用のゴルフクラブ)とだけしか解説されていませんでした。

で、自分なりの結論ですが、
・移動することや自転車をこぐこと自体が目的ではないので、ポタリングはサイクリングとは異なる。
・新しい発見をめざす散歩であるならば、自転車を使わなくてもポタリングと呼ぶ。
と理解しました。
というわけで、件のニュース特集のなかで、レポータの人がいみじくも言っていた「新しい発見や感動は、移動距離に比例しなくなってきた」に激しく共感した次第です。

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ゴーゴー青木!レッツゴー青木!

26日の横浜戦、2本のホームランを含む4打数3安打4打点と大活躍だった岩村選手。実はお母様がこの日未明に他界されていたのだとか。「プロとして目の前の試合を放棄するわけにはいかない」という強い決意のもと、喪章をつけての出場だったことを後から知りました。万感の思いが込められた、この日2本目となる23号ホームランがバックスクリーンに入っていくのを、大歓声のライトスタンドで観ていました。お母様もきっと、まさに天空の頂きに導かれるような思いで、岩村選手の打ったホームランをみていたのではないでしょうか。ご冥福をお祈りします。

さて、試合ですが、神宮に着いたのが6回ウラ。このときスワローズは6-4でリード。得点の入り方、スコアボードのヒット数がベイスターズの方が上回っていたことから、石川投手が打たせるピッチングで何とかここまで凌いできた様子がうかがえました。

7回表から代わった五十嵐投手はランナーを出しながらも何とかゼロに抑え、そのウラ、件の岩村選手のホームランが飛び出したわけです。ここで勝ちが見えたように思えたのですが、8回の五十嵐投手の投球がどうもおかしい。ストライクが入らず、明らかにボールが高めに浮いています。ライトスタンドからは早いうちから「替えろ!」コールがでていましたが、果たしてベースターズ打線に連打を浴び、ま、まさかの同点に。それみたことかと、一時は騒然となっていました。4連敗中ということもあって、ファンもなんとしても勝ちたかったのです。しかし、そのあと山部投手、吉川投手が一人ずつ仕留めて何とか後続を断ちました。

8回ウラ、代打畠山選手の打ったホームラン性の当たりは惜しくもセンターフライとなって3者凡退。追撃ムードがしぼんでいく雰囲気の中で、こりゃ延長だな・・・と多くの人が思ったことでしょう。
しかし9回表、石井弘寿投手がいい仕事をします。きょうのゲーム展開を考えれば、若松監督も「延長」は考えたことでしょう。五十嵐が乱調、吉川も使ってしまったこの場面で、石井を投入したのは英断だったと思います。それは、石井、お前に託したぞ!という気持ちと、9回ウラに絶対に得点するのだ!という強い意志が感じられる采配だったはずです。気迫の投球で3者凡退、キッチリと抑えました。

勝負を決めたのは、9回ウラ「1番センター青木、背番号23」でした。ヒーローインタビューでは「ただ塁に出ることだけを考えていた」と振り返った青木選手。先頭バッター、しかも打ったのは初球、持ち味である左方向への打球がグングンと伸びていきます。えっ、まさか、あれっ入っちゃったよ。という感じで、幕切れは一瞬に起きた劇的なものでした。
これで23試合連続安打中ですね、と振られたヒーローインタビューでも、あくまでも謙虚な青木選手なのでした。「これからも頑張りますので、神宮に来てください」とのこと。
はい、わかりました。
それにしても、久々のサヨナラゲームでした。

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映画:亡国のイージス

亡国のイージスをみました。キャストの熱演は期待どおり見事なものでした。もはや"亡国"とまで卑下されたこの国、日本を守るため、ゆるぎない使命感を胸に任務を全うしようとする海の男たちの姿は文句なしにカッコよかったです。なかでも専任伍長・仙石(真田広之)とテロリスト・ヨンファ(中井貴一)がよかったです。そして、この2人を凌駕するくらい如月(勝地涼)が光っていましたね。今後ブレークしそうな予感がします。

とはいえ、あくまでも私見ではありますが、ストーリーに関しては少々辛口にならざるを得ません。娯楽映画として観るには、ずいぶん肩に力が入ってしまいました。
まず、全編を通じて「日本はダメな国だ、自分の力で祖国を守ることすらできない、日本人には誇りがないのか・・・」と、危機感を煽られ、挑発されているようで、「専守防衛」という姿勢すら全否定されているように感じてしまいました。果たして国家主権は、パワーで勝ち取るのが唯一の手段なのか?戦後60周年のメッセージとしては、かなりインパクトがありました。

また、いそかぜ副長・宮津(寺尾聰)の国を憂える気持ちは分かるのですが、それがあのような行動につながるものだろうか?という疑問。愛する者が絡んだ過去があるとはいえ、テロリストと共謀する理由は最後まで??でした。それ以上に謎だったのがヨンファの目的です。彼はGUSOH(グソー)を奪って何をしたかったのだろうか・・・。

そのヨンファが言い放った「自らの手で平和を勝ち取ったことのない民族に何がわかる!」の厳しい一言に、この映画のメッセージが集約されているのだとすれば、それにハッと反応してしまった自分は、やはりいろいろな意味で、この映画を観てよかったと振り返ります。最後のCGはさておき、スケールの大きい骨太な一本です。

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スナーク狩り

スナーク狩りを読んだとき、こんな図が思い浮かびました。それぞれ異なる境遇、それもどちらかといえば人間関係に疲れ、悲しさや寂しさを背負った人たちが、金沢の病院というだだ一地点に向けて収斂していくのです。関越道から北陸道へと、東京から金沢へ夜の闇を疾走するクルマのスピード感とともに、一気に読んでしまいました。物語としてはたった一夜の出来事なんですよね。にもかかわらず、こんなにも沢山の人たちを登場させながら、全員が印象に残ってしまうのは凄いことです。巻末の解説にもありましたが、一つ一つの場面が、絶妙な言葉をつかって鮮明に描かれている、きわめて映像的な小説だと思いました。
固い信念のもと、織口が貫いた"私刑執行"の形は、意外なものであり感動的なものでした。金沢で迎えたクライマックスの後、織田の計画に引き寄せられた人々の人生が変わりはじめたというエピローグには、希望にも通じる温かな余韻を感じさせられました。
宮部さんの小説の中でも、かなり好きな作品に挙げたいと思います。
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過客と刺客

過客【かかく(かきゃく)】①来訪した人。来客。②ゆききする人。旅人。
刺客【しかく(しきゃく)】暗殺を行う人。せっかく。
以上 広辞苑より
「似て非なるもの」のカテゴリにエントリーしておきます。

刺客として送り込んだつもりが、地元では過客として迎えられたり。
通りすがりの過客のつもりが、刺客にみられてしまったり。
とんだ勘違いあり、見当違いありで、今回の選挙は傍からみていると面白いのですが、一有権者にとってみれば、刺客だろうが過客だろうが、投票にはあまり関心のないことです。月日が経てば「そういえば、そんなこともあったよね。」程度の記憶にしか残らないでしょう。
政治家および政治家を志される皆様には、顧客【こかく(こきゃく)】である国民の方を向いて、地に足のついた仕事をしていただきたいものです。

くだらない言葉遊びでしたが、広辞苑で「かかく」「しかく」「こかく」が、それぞれ"正"になっていたのは新しい発見でした。

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満塁ホームラン

20日の阪神戦に行ってきました。知人からチケットをいただき、いつもと違い一塁側内野席での観戦。さすが招待席だけに、ボールパーク全体、そして選手の動きがよくみえる気持ちの良い席でした。
が、、、ここはタイガースのホームグラウンドか?と錯覚するほど、周囲はトラ・トラ・トラ・・・なのです。
試合ですが、前回の神宮観戦(7/27)には新井選手(広島)に3ランを打たれましたが、きょうは金本選手に満塁ホームランを打たれてしまいました。いずれも、実質的にはたった1本のホームランにやられたわけですが、それが満塁となるとダメージが大きすぎます。がっくり。
悔やまれるのは3回ウラ、ノーアウト満塁のチャンスをつくりながら、内野フライ2本であっという間に2アウトになってしまったのが痛かったです。同じチャンスをしっかりものにしたタイガースとの差でした。
先発の館山投手も調子は悪くないように見えたのですがねえ。相手ピッチャーにデッドボールを与えてからリズムが崩れてしまった感じです。全般的に相手見方ともにエラーの目立った粗いゲームでした。
5回ウラ、ラミレス選手の27号ホームランによる反撃、そして9回ウラ、小野選手の3試合連続となるホームラン(えらいっ!)もむなしく、最後は岩村選手が三振に倒れて万事休す。9-3で敗れた瞬間に、ジェット風船が夜空に舞い上がっていました。
それにしても、ホームでありながら、敵の大歓声の中で戦わなければならないスワローズの選手たちも酷ですね。こんどは、やはり神宮ライトスタンドに応援にいこうと思います。

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パーフェクト・ブルー

宮部みゆきの長編デビュー作を読んでいます。元警察犬の「マサ」が、「俺は・・・」と一人称で語る書き口が面白いです。
宮部さんは、きっと野球好きなのでしょう。先日読んだ「とり残されて」でも、孤独なピッチャーの姿を描いた短編がありました。
このパーフェクト・ブルーは、高校野球のエースピッチャーがガソリンをかけられて焼死するというショッキングな事件から始まります。死んだ兄の弟が、小さな探偵事務所(マサ含む)と一緒になって真相を探っていく物語です。企業の陰謀や高校野球界のスキャンダルなど、場面設定は陰惨でスキャンダラスでありながら、爽快感やハートウォーミングな感じを与えるのは、根底にあるのが家族愛や兄弟の絆だからなのでしょう。本作の進也君のように、快活で純粋な少年が登場するのも宮部作品の特徴ですね。
ところで、日本プロ野球組織が、公式戦中に選手のドーピング(禁止薬物使用)検査を導入するというニュースがでていました。あまりにも偶然で、ちょっとドキッとしました。

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ログ依存社会

ますます履歴(ログ)依存の世の中になってきたなあ。
「マグロも履歴管理へ」という夕刊記事を読んで感じたことです。

インド洋や大西洋で獲れたマグロにICタグを取り付け、店頭に並ぶまでの履歴(ログ)を一元管理するシステムを開発するのだそうです。その目的は食の安全。間違いなくホンモノであることの品質保証だといいます。情報技術が進歩してこそ実現できる話であり、その恩恵をありがたく受け止めればよいのかもしれません。

一方で、なんでもかんでもログで管理され、ログにもとづいて判断がなされる場面は増えてないでしょうか。「履歴」や「ログ」を、「データ」という言葉に置き換えると、より実感がわくかもしれませんね。

人間の行動パターンが統計的に処理されたり、確率論でものごとの是非が論じられることが多くなってきたような気がしてなりません。だからこそ、いざというときに自分自身でホンモノを判断できるよう、日頃から感性(センス)を磨くため、せめて退化しないような努力を怠らないようにしたいと思います。

数日前、宮城を震源とする大きな地震がありました。オフィスで仕事をしていた私は「結構揺れてるな」と思いつつ、比較的冷静に、そのまま仕事を続けていました。そのとき「逃げろ!」という感覚が作動しなかったのは、あとあと考えてみると、実は恐ろしいことではなかったかと感じたものです。

正確な判断、効率のよい判断、客観的な判断・・・
それらはもちろん大切であることに異論はありません。
が、人生を面白くするのは主観的な判断、その場限りの判断、一瞬の判断だったりするのも真理かもしれません。極度なログ依存、ログの過信には気をつけたいと思いました。

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生酒と原酒

どちらも搾ったまんまのお酒ですが、その違いは
原酒・・・アルコールの加水調整をしない清酒。
生酒・・・一切加熱処理をしない清酒。
ということです。
「清酒」というのは酒税法で定められた日本酒の正式名称です。ただし、呼称として「日本酒」と表示することも認められているそうです。
搾ったまんまのお酒は、アルコール度数が20~22%と高くバラツキもあるため、水で薄めて均一化するのです。この根拠になっていているのが酒税率で、アルコール度数15%(市販酒の規格では15%以上16%未満)が基準です。ここからアルコール度数が1%上下するごとに税率が変わるのだそうです。
また、搾ったまんまのお酒は、酵母の働きが活発です。加熱処理しないお酒は、貯蔵中に成分変化が起こりやすいため、品質を安定させるために加熱処理します。

(参考:「知識ゼロからの日本酒入門」/尾瀬あきら著)

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和歌山ラーメンの底に○○を発見

東京駅のラーメン激戦区にて。お味のほうは下記写真が雄弁に語っているとおりです。ところで桜模様の珍しいどんぶりは、れんげですくいながらスープを飲んでいると、底に浮かび上がってくる怪しげな輪郭が・・・。現れたのは“カープ”でした。嫌な予感がよぎりましたが、果たして本日のナイターは広島6―3ヤクルトとのこと。東京ラーメンにしておくべきだったか?

追伸
この写真の約10分前の様子は、当ブログ右側の「お気に入りラーメン」のコーナーを参照されたし。
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8月15日の神話

毎年この時期になると多くのメディアが終戦特集を組み、平和を願う報道を行います。これを「8月ジャーナリズム」というのだそうです。記者のお盆休み用のストック記事ではないかという皮肉なコメントもみられますが、例にもれず書店でも特集コーナーが設けられており、そこに平積みになっていたのがこの本でした。
ポツダム宣言を受諾した8月14日ではなく、戦艦ミズーリ号上で降伏の署名がなされた9月2日でもなく、天皇が国民に対しラジオを通じて終戦詔書を朗読(いわゆる玉音放送)した8月15日を、なぜ終戦記念日とするのか?
それを明らかにしようというのが本書のテーマなのですが、もっとも共感した部分は、現行の終戦記念日(=戦没者を追悼し平和を祈念する日)を2つに分け、8月15日=戦没者追悼の日、9月2日=平和祈念の日としてはどうかと提案されている点です。
国家の犠牲になった戦没者を追悼するということ、戦争を放棄し世界平和に向けて努力すること。これらは、国家として両立しなければならない課題です。そういう意味では、「お盆=追悼」と「終戦=祈念」として政教分離するという著者の考え方は、歴史に関する近隣諸国との認識の違い(パーセプション・ギャップ)について、対話の糸口になりそうなシンプルな論理ではないかと感じました。

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NHKスペシャル:靖国神社 占領下の知られざる攻防

13日のNHKスペシャルでは、戦後、靖国神社の存廃をめぐっての日米攻防が、GHQの極秘文書や関係者の証言などから、興味深く描かれていました。
当初、国家神道の象徴だとして廃止せよという占領軍の指令によって、存続の危機に瀕した靖国神社でしたが、なんとか靖国神社を存続させようと知恵を絞り、奔走した当時の関係者たちの使命感や思いが伝わってくるようでした。
国家の神社を廟宮と言い換えたり、周りに文教施設をつくってイメージを一新しようとしたり、戦没者の遺族の方々が力を合わせてGHQと直接交渉したりと、そこには強い意思にもとづいた戦略があったのだと思い知らされました。
結局、国家神社から一宗教法人として生き残ることになり、今に至る靖国神社ですが、当時「信教の自由」を強力に推し進めようとしたGHQの政策を、ある意味では逆手にとりながら、一方的に押しつけられるままではなく、主体的に活路を模索しようとした先人のパワーが感じられました。

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いりおのら

新大久保にある韓国ダイニング&バーの名前。
韓国語で「たのもう!」という意味なのだそうです。店員の人が教えてくれました。
辛さ=普通といわれたはずのキムチチゲはかなり辛かった。でも味は美味しかったです。
また、マッコリは意外に飲めるものだというのは新たな発見。
あっというまに飲めてしまうのはアルコール度数が7~8度だからのようです。

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とり残されて

宮部みゆきの短編集を読了。「返事はいらない」「人質カノン」「淋しい狩人」のあとの4作目になりますが、それらの作風とは異なり、超常現象を扱った不思議感覚のミステリーでした。短編集は電車のなかで一話ずつ簡単に読めてしまうのがいいですね。

7篇の中では「たった一人」がよかったです。ありえない話だと言ってしまえばそれまでですが、ヒロインの梨恵子が、夢の中でみる場所を探してほしいと探偵に調査依頼し、20年を遡って徐々に明かされていく謎解きの妙に引き込まれてしまいます。
何が本当のことなのか、結局謎につつまれたまま物語は終わってしまうのですが、ひよっとしたら、起こったことすべてが梨恵子の夢の中での出来事であり、妄想に過ぎなかったのかもしれないという疑念が残りました。そんな読後の解釈も楽しい作品です。

1作目「とり残されて」
2作目「おたすけぶち」
3作目「私の死んだ後に」
4作目「居合わせた男」
5作目「囁く」
6作目「いつも二人で」
7作目「たった一人」

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アンドリューNDR114

あまり遠くない未来の物語。ここではロボットがあたりまえのように日常生活で活躍しています。ある家庭に家事用ロボットとして迎えられたNDR114型ロボットは、アンドリューと命名され、人間との共生が始まります。親から子、そして孫、さらにその子供の世代へと、なんと200年にもおよぶ時の流れのなかで、やがて人を愛し、自由を求め、人間として認められたいと願うようになっていくロボットの姿が描かれています。
人間であるということの意味について一つの解が示されていて、最後のシーンにホロリとさせられる感動の映画でした。ロボット三原則が有名なアイザック・アシモフの「Bicentennial Man」が原作です。

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日本国憲法第7条により衆議院を解散

あくまでも私見ですが、関連ニュースをみていて思ったのは、衆議院解散という小泉首相の決断は、改革を断行するというより、自民党の旧体制をぶっ壊すという印象が強いということでした。「郵政民営化にYESかNOか」という審判は、国民に委ねられたというよりは、自民党議員に突きつけられた踏絵のようですらありました。
造反議員とされた人たちの中には、「郵政民営化には賛成だが郵政民営化法案の中身、あるいは立法の進め方に反対だ」という意見も少なくないようですが、郵政民営化法案自体の是非については、率直なところよく分かりません。
ただ、選挙となれば、小選挙区制とはいえ立候補者個人というよりは所属政党に注目すると思いますし、比例代表制では当然ながら一枚岩でない政党への投票は躊躇してしまいます。
各政党には、郵政民営化だけが改革ではないという前提にたち、"審判"の判断材料となる分かりやすい情報提供をお願いしたいと思います。

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天女の湯上り

何日か前の朝日新聞で、「蓮の花」の香りについて、こんなふうに表現した書評をみかけました。
風情のある言い方だったので、何となく記憶に残っていたのですが、偶然にも、祖父が送ってくれた写真(作品)の中に、艶やかに浮かび上がるピンク色の蓮の花がありました。これは美しい!
さっそく、これに似合う額を買いに行こうと思います。

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ひまわり

このところの日照り続きで、少しお疲れ気味のひまわりでしたが、42万本が一斉にお日さまを向いて咲く様は迫力があります。
(宮城県三本木町のひまわり畑にて)
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気分爽快

「やくらい山」を眺めながらの露天風呂。目を閉じて、耳を澄ませば草刈りのトラクターの音が、規則正しく近づいたり遠ざかったり。空を見上げれば鳶が高く悠々と旋回しています。いずれ牧草になるであろう青々とした夏草の匂いが心地いい夏の日の午後です。050804_140803.jpg

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吉野作造という人

大正時代に「民本主義」によって政治の民主化を提唱した人です。日本における民主主義の父ともいわれています。
大正デモクラシーのシンボリックな思想家である吉野作造は、実は宮城県出身なのです。
民主主義との一番の違いは、「民主主義」=主権在民であるのに対し、「民本主義」=主権在君であることです。ようするに、国家主権が人民にあるかどうかは問題ではなく、主権を人民が持とうが君主(天皇)が持とうが、人民の幸せのために政治が行わればそれでよいという考え方です。「名より実をとる」スタンスともいえるでしょう。
吉野には、晩年、他人に利用されかけて家族がそれに怒ったとき、「人間は利用される方がいい。利用されるのは世間から忘れられていないという証拠なのだから。」と言って逆に家族をたしなめたというエピソードがあるそうです。(七夕飾りの吉野作造記念館にて)
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淋しい狩人

事件はいつも本から始まる。まずこのアイデアと構成がすばらしいですね。
東京下町にある古本屋の雇われ店主であるイワさんと、"不出来な"孫の稔(みのる)少年が、本をきっかけに起こる謎を解いていくという素人探偵物的な趣向のミステリー6篇です。いずれも、イワさんと稔の軽妙なやりとりが面白かったです。

個人的には表題作の「淋しい狩人」が一番よかったです。クライマックスとともに、周囲をヤキモキさせた稔と年上女性との恋愛事件が、きわめて現実的な結末に落ち着くのは、一連の宮部作品に通じるリアリズムのようです。「歪んだ鏡」では、古本に挟まれていた名刺の意味に思いをめぐらせ、勇気をしぼって行動を起こすことで由起子が知りえた真相も、冷徹すぎるほど現実的です。必ずしもハッピーエンドでないながら、ハートウォーミングな読後感を味わえる作品でした。

1作目「六月は名ばかりの月」
2作目「黙って逝った」
3作目「詫びない年月」
4作目「うそつき喇叭」
5作目「歪んだ鏡」
6作目「淋しい狩人」

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「Lord of War」予告編

アンドリュー・ニコル監督の最新作「Lord of War」の予告編がYahoo! Moviesで公開されたようです。

アンドリュー・ニコルといえば、「ガタカ」、「トゥルーマン・ショー」、「シモーヌ」「ターミナル」がありますが、いずれもアイデアに富んだ着想と奇想天外なストーリーで楽しませてくれるお気に入りの映画です。

今回の「Lord of War」(邦題未定)は、ニコラス・ケイジが武器商人に扮するサスペンス・アクションのようですね。「ガタカ」や「テープ」のイーサン・ホークをはじめ、「アレキサンダー」の親友ヘファイスティオン役を演じたジャレッド・レトや、「リクルート」で主人公の女性ライバルだったレイラ役のブリジット・モイナハンらが出演するようです。いずれも、ここ最近観た映画に登場していた個性豊かなキャストということもあって、公開が待ち遠しい作品です。
余談ですが、タイトルがスピルバーグ監督の「War of the Worlds」(邦題「宇宙戦争」)と似ていますね。

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