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その時歴史が動いた<2>

第2巻は信長スペシャルともいえそうな構成です。2006年NHK大河ドラマの原作「功名が辻」にもでてくる長篠合戦が取りあげられていました。

●鉄砲伝来・偶然のドラマ
1543年8月25日・・・今ではロケット打ち上げ基地として有名な種子島。ポルトガル人が日本に初めて鉄砲を伝えました。たった2挺の鉄砲が、その50年後に日本の戦国時代を終わらせ、300年近い平和な徳川時代を迎えたという点で、「人殺しの道具が、やがて平和をもたらした」というフレーズが印象的です。

●織田信長・勝利の方程式
1575年5月21日・・・当時最強だった武田軍団をいかにして信長は打ち破ったのか。功名が辻の第一巻では、鉄砲三段撃ちというアイデアによって長篠の戦いに勝利した様子がありありと描かれていますが、鉄砲は一因にすぎないようでした。陣城を築き、敵をおびき出して殲滅するという信長の勝利の方程式は、長篠の戦い以降多くの合戦で模倣されたといいます。

●敵は本能寺にあり
1582年6月2日・・・光秀はなぜ主君・信長を裏切ったのか。天下統一を自分の才覚でやってきたと思う信長に対し、天下統一の一翼を担ってきたと考えた光秀がかみ合わず、どんどん溝が広がっていく様子が痛々しいほどです。信長のめざした新しい統治のあり方が、室町時代の大義名分を重んじる秀光には受け入れられなかったために、国替えで「お前が頼りだ!」と発したはずの信長のメッセージを、光秀は左遷と感じてしまったのでした。

●坂本龍馬幕末の日本を動かす
1866年1月21日・・・薩長同盟成立のとき、それは徳川幕府の終焉の引き金となっていきます。死と隣り合わせの同盟成立でした。

●ダルマ大臣・高橋是清経済危機と格闘す
1927年、1932年、1936年・・・大蔵大臣を史上最多の7回も務めた高橋是清は、国民から「ダルマさん」と親しまれる政治家だったそうです。類いまれな問題解決能力!

「その時歴史が動いた(2)」(NHK取材班編/KTC中央出版)より

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