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フロー体験について

われを忘れ、物事にのめり込んでいる状態を「フロー」と呼ぶのだそうです。
このフロー体験の中にこそ人間の「楽しみ」の原点があるというのが本書の主題です。

フロー理論の第一人者であるチクセントミハイ教授は、内発的に動機づけられた人々(ロック・クライマー、チェス・プレイヤー、バスケットボールの選手など)へのインタビューによって、うまくいっているときの経験、すなわち幸福感を感じるフロー体験の特徴を抽出しようと試みています。

楽しみの社会学
楽しみの社会学

この本でフロー体験というものを知って、あることを思い出しました。

数年前、新規事業立ち上げのプロジェクトリーダーを任されたときのことです。新規事業とはいえ、細々としたものでしたが、今思えば連夜の終電をものともせず、よくぞあそこまで仕事に没頭できたものだと思います。若さゆえ、良きメンバーに恵まれたゆえの貴重な経験ですが、今振り返ってみても、義務感や気負いというよりも、ただ純粋にみんなと仕事をすることが「楽しい」と感じた記憶しかありません。あれこそフロー経験だったのではないかと。

ソニーのロボット犬「AIBO」の開発責任者でもある天外伺朗氏は、「運命の法則」という本の中で、「燃える集団」と称して、自分の関わったプロジェクトでのフロー体験を書き綴っています。結果よりもプロセスが重要だと説き、そのプロセスが「フロー」に入っているかどうかが、プロセスの良し悪しの判断基準の一つであるのだという考えに、少なからず共感しました。

本書ではチクセントミハイ氏が、インタビュー結果より次のようなフロー体験の特徴を挙げています。とても興味深い知見だと思います。

1)行為と意識が融合する
まるで呼吸のように、無意識のうちに行為がなされる。

2)そのこと一点に注意が集中する
周囲のことが気にならない、気づかない。

3)自我を忘れる
「うまくやろう」と自我を働かせることなく、いろんなことが「自動的」に進むような感覚になる。

4)支配感をもつ
自分自身を支配している感覚。相手はそこにいるが、相手と争って勝とうというのではなく、球技であればボールを正しく扱おうとしている自分がいるだけ。

5)明確な要求とフィードバックがある
矛盾した要求はなく、単純化されたことをただ行なうだけ。うまくいっているかどうか評価したり、行為を点検したりする自分はいない。

6)行為そのものが自己目的的である
たとえば、チェス・プレイヤーの満足は賞金や名誉ではなく、知的な卓越性を誰かと競うという対局そのものであり、ロック・クライマーの満足は、頂上を望むことではなく、岩を登るという行為そのもの。

そして、フロー状態に入るための条件として、チクセントミハイ氏は一つのモデルを示しています。それは、挑戦しようとしていることと自分の能力(技能)の関係がつり合っていれば、フロー状態が起きるというものです。
たとえば、岩を登ろうとするロック・クライマーの技能が、登攀難度とつり合っていれば、フロー状態が生じますが、技能のほうが高い場合には退屈を、技能のほうが低い場合には不安を感じるだろうという理論です。
実は、この知見こそ、本書の原題「Beyond Boredom and Anxiety」(「倦怠」と「不安」を越えて)なのでした。

最近読み返したガルウェイのインナーゲーム理論に通じるものですし、ヤンキース松井選手が著書「不動心」のなかで言っている、チャンスに強いバッターは、ここぞという場面で平常心を保てる選手だということにもつながりました。心理学の研究分野としての「フロー理論」に、今後も注目してみたいと思います。

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