田んぼ

お囃子をみて

ohayashi昔ながらの米づくり最終回は、収穫したお米で餅つきをしました。今回のお米は天候に恵まれたこともあり大豊作で、汗水たらして自分たちの手でつくったお米の味は最高!つきたてのお餅は、それはそれは美味しかったです。
お餅をいただいた後は、昨年の春から米づくりの指導をしてくださった地元農家の方々が、300年近くも続いているという伝統芸能「祭り囃子」を披露してくださいました。笛、太鼓、鉦のピーヒャララ♪~コンチキチン♪という音にあわせて、獅子舞、おかめ、ひょっとこが調子よく踊っていました。滑稽というだけでなく、農耕生活の「つつましさ」や精神面での「おおらかさ」が伝わってきました。驚いたのは、演奏用のマニュアルや譜面などが一切なく、実物の動きや音をたよりに、見よう見まねで代々受け継がれてきたということ。市の無形民俗文化財に指定されているものの、技能を伝承していくことの難しさを吐露されていました。
個人的には、米づくりという気の長い作業を通じ、より一層お米や田んぼに対する愛着が深まりました。そして、あらためて日本人のルーツは農耕民族だったんだなあと思い知らされ、日本人に生まれたことを嬉しく思いました。いちいちつまらない事でイライラしたり、右往左往するのではなく、雨の日もあれば晴れの日もあるのだと、何事にも楽観的に寛容な心で取り組めたらなあと思います。貴重な体験をさせてもらいました。

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ぞうりあみ

少しまえ、メールでこんなタイトルの案内がきました。漢字で書けば「草履編み」です。11月の上旬にだっこくを体験し、残った「わら」をつかって11月の下旬には「縄ない」教室があって、今日は「ぞうりあみ」に参加してきました。6月に田起こしや田植えから始まった米づくり体験教室なのですが、ほんとうに毎回申し訳ないほど楽しませてもらっています。(^_^v
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昔は自分の足の指に引っ掛けながらぞうりを編んだといいますが、今回は「ぞうり編み台」という、だれが考案したのか感心するほど便利な道具があって、思ったより楽に(?)作業することができました。まず、ぞうりの芯となる縄を、この台の3本の爪に引っ掛けます。こうしてピンと張って3本並んだ縄の下から左手の3本指を差し込んみます。常に自分の方向に縄を引っ張りながら、ぞうりの先端から編みあげていきます。このとき左手の指を広げるようにしないと、ぞうりの幅が狭くなってしまいがちで、何度もやり直しをしました。編みこむ素材は「わら」でもいいのですが、最近では「ニット」のような布を編みこんで、フローリング床でも履けるようなちょっとオシャレな室内履きをつくる人も多いとのこと。今日はあらかじめ約4cm幅×60cm長に裁断したTシャツの古生地を持参し、わらと順番に編みこむことにしました。
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細かいことをいえば、古生地は繊維の向きを考慮して裁断する必要があったようです。すぐに丸まって編みにくかった理由はそんな所にあったようです。また、素材を継ぎ足していく場合、左巻き、右巻きと交互に編みこんでいかないと片側に傾いてしまうのだと教わりました。うーん、いつもながら奥の深い世界に感心します。
そうこうして、ほとんど手取り足取り状態で1時間強。ようやく片方のぞうりが編みあがりました。お手本として横に置いてあった達人の作品と一緒に記念写真。当然、右足側が達人の作品な訳ですが、実は自由が丘のショップで一足1800円とか3000円で売られているとのこと。すげえ~。でもそれも安いかなと思うほどの出来映えなのです。子どもは出来上がったぞうりを履いて早速あたりを歩いていました。履き心地はまあまあ!とのこと。個人的には「たいへんよくできました!」。
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だっこく

昔ながらの米づくりは、稲刈りを経て脱穀(だっこく)のフェーズに進みました。教科書にでてくるような千歯こきや足踏み式の脱穀機には、先人の知恵が詰まっていて感心します。主な作業は次の2つでした。
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1)イネから籾(もみ)をはずす
脱穀機には足踏みで回転する歯がついていて、束にして持ったイネをこれに接触させることで、籾をふるい落とす仕掛けです。使い方を知らないと歯車に巻き込まれそうになったり、ちょっとしたコツがいる道具です。稲穂の先端をたらすように近づけ、イネを少しずつ回しながら歯に当てていくと、きれいに籾が取れるようでした。
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一方の千歯こきは直感で使い方が分かります。
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2)もみを選別する
「とうみ」という機械をつかって、イネからはずした籾を選別します。手動で扇風機を回して風を発生させ、籾を飛ばすことで、重力の法則にしたがい、重い籾は手前に軽い籾は遠くに飛ばされます。こうして重い籾(=実がつまっている)だけを選別する仕組みです。よく出来ているものだと感心します。
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花咲爺さんが持っているカゴのような道具ですが、「み」というのだそうです。これに籾をいれて両手で持ち、オムレツを返すでもなく、ドジョウすくいでもなく、ふるいにかける感じの絶妙な動きによって軽い籾と重い籾を選別していきます。地元農家の人は職人のようにうまく扱っていましたが、素人にはそのコツが分かりませんでした。こういうのを暗黙知の世界だというのでしょうね。
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参加した人たちは大人と子どもを合わせて30人くらい。子どもの作業量と体験教室としての遊びの要素を考慮すれば、実質的には10人くらいで半日がかりの作業だったと思われます。したがって、単純に工数換算すれば5人日(一人でやったら丸5日かかる作業量)と見積もれるわけですが、そう考えると、こんな原始的にみえる道具でさえ、予想をはるかに超えた効率化をもたらしていることが分かります。60坪程度の谷戸田から40~50kgのお米が収穫できる見込みです。これが多いのか少ないのかピンとこないのですが、例年にない豊作なのだそうです。
次回はもみすり、精米です。

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秋刀魚の味

秋刀魚を食べるためにあたえられた試練はマッチ3本で火を起こすこと。わざと水でぬらした薪と1本のナタを渡され、サバイバル訓練さながらの火を起こし体験のはじまりです。米づくり教室での企画でしたが、15組参加した親子連れは見事に全滅でした。火起こしのプロと紹介された若者の指導に、参加者の真剣な眼差しが注がれます。開口一番、「まず、マッチより太い木には絶対火はつきません」の一言にあちゃーという感じでした。思った以上に薪は細くなるまで割らなければなりません。さらに、薪を削るようにしながら、木の屑を最低片手で一握りはつくることが必要だったとの種明かし。地面がぬれている場合には、さらに地面に割った薪を敷いて火が点きやすくする念の入れようでした。熱が逃げないように密閉するように薪を重ねて山をつくるということも、風を通りやすくした方が燃えやすいのでは?とすかすかの山をつくった素人との違いでした。
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では皆さんどうぞ!の合図で再チャレンジ。でも次の瞬間、あたかも鰹節を削るようにナタを扱っていた若者を「只者じゃないぞ!」と見直すはめになったのは私だけではなかったはずです。たかが一握りの木屑をつくるのがこんなに大変だとは。。。やがて随所で歓声が上がりはじめ、拍手鳴る中であせる我々家族。とうとう3本目のマッチをすってしまい途方にくれていると、火起こしのプロが来てくれました。じゃあせっかくだから、雨の日のときの火のつけ方でトライしてみましょう。手馴れたすばやい動作で、細い木枝を束状にし、木屑をサンドするような形にして自分の手で持ちました。雨の時などは地面に置けないのでそうやって火を起こすのだそうです。下側からマッチで火をつけました。1回目は途中で火が消えてしまったのですが、2回目に見事に着火したときには思わずを拍手していました。よくみると若者の腕にはいくつもの火傷の跡があり、これまでのアウトドア経験の豊富さを語っていました。そうこうして焼き上げた秋刀魚だから美味しくないわけがありません。ただ、奮闘の末、最後まで火を起こすことができなかった「父親の切なさ」を表現するタイトルとしては、やはり「秋刀魚の味」しかないでしょう。
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初めてみた稲の花

あれから2ヶ月。ずいぶん稲が大きくなりました。70~80cmの背丈にはなったでしょうか。今日は草刈りと周辺に生息する虫の観察会の日です。稲に花がついたということで、田んぼの中には入らず、周囲に生えている雑草をカマをつかって刈り取りました。今年は暑い日が多くて雑草もとても元気です。よくみると稲によく似たヒエが生えています。(貧しさを表現する時に、よく昔はヒエとかアワを食べたものだ・・・などといいますね。鳥のえさでもあります。)また田んぼの水面近くにはコナギというハート型の葉っぱをした雑草がありました。紫色のキレイな花を咲かせるそうです。
写真は稲の花です。(先っぽに見える白っぽいのがおしべ。開花が終わって籾が閉じたところのようです。)
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田植え

親子米づくり体験の2回目。田植えの日でした。25センチおきに印のつけてあるロープを縦横に張り、方眼紙のように印がクロスした位置に整然と植えていくのですが、これだけに注目すれば地質調査をやっているのかと思わせる幾何学的な光景でした。田んぼの中央から上へ向って移動する組と、反対に下へ向って移動する組の二手に分かれ、それぞれ横一線に並んで進んでいきます。はじめロープを引っ張る役をしていたのですが、これが中腰状態でピンと張らねばならず、想像を絶する忍耐強さが要求されます。横一線に並んだ全員が田植えを終えてから25センチずつ移動していくわけです。イネの苗は5本くらいを束にして印の位置に植えていきます。置くというよりは、強く差し込むというイメージです。泥の中にぐっと差し込むと、田んぼの底がひんやりと冷たく「歯茎」に触れたような感触が残りました。苗をまっすぐに立てるのは予想していたより難しかったです。すべてが単純作業だったので、田植えの作業効率は、1本苗を植えるのに要する時間と、田んぼの面積から計算できる世界です。であれば、田植えマシーンを使ったほうが効率的だし、お百姓さんも楽だろうなとは思いつつ、でもロボットが握った回転寿司と職人が手で握った寿司では、やっぱり後者の方が美味しいよなあと妙な連想をしてしまいました。「てび」を壊さないように、何度か先生が注意していましたが、これは田んぼの周りに積まれてある小さな山のことです。田んぼに水を張るとき、冷たい水が直接流れるのを防ぐために、ダムのようにあえて田んぼの周りに水路をめぐらせて水温を上げる役割をしているのだそうです。イネって結構デリケートだったのね。1時間半ぐらい経ったでしょうか。ところどころ、植えたばかりだというのに、なぜか台風になぎ倒されたような痕跡も見られた田んぼでしたが、無事田植えを終えることができました。田植え前と田植え後の状態をデジカメに収めたのですがこの違いが面白い。同じ場所、同じ植物でも、時間とともにまったく別の風景になり、それを眺めるだけでも楽しいと、作業前に講師の先生が話されていたのが少し分かった気がします。DSCF1345

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「田んぼ」で原点回帰

親子米づくり体験の第一回目。今日やったのは田起こし。荒れた田んぼを稲が植えられる状態にする準備作業です。午前中たっぷり2時間かけて、周囲の草を刈り、田んぼの雑草を抜き、桑で耕し、堆肥を入れ、みんなで歩き回って代掻き(しろかき)を行いました。刈り取った草葉やワラを投げ込んだり、米ぬか(粉)を撒いたりして、それを足で踏んでかき回します。あたかも栄養満点のシチューをかき回すというか、「ぬか床」をかき混ぜるのに似ているなと感じました。ちょっとヘドロ臭(ドブの匂い)ともいえる独特の香りがありましたが、苦労して作業をしているからこそ田んぼに対する愛情が注がれます。また、ワラ、米ぬか、堆肥など、自然のサイクルにしたがってできる副産物をムダなく使う知恵にも驚かされます。
田んぼの泥は見た目以上に粘着性が強く、深いところでは大人の膝まで埋まってしまうため、足を抜くのも一苦労でした。一歩進むにも思わず「よっこらしょ」と掛け声がでてしまう重労働です。代掻きは機械をつかってやるのが普通だそうですが、昔、農耕用の牛や馬が活躍したというのもよく分かりました。泥の中にはおたまじゃくしやザリガニ、いく種類もの小さな虫が潜んでおり、ちょっと大げさですが生命力をはぐくむ田んぼの偉大さが身近に感じられました。
今回は子供たちが沢山参加してました。最初こそ汚れるのを嫌がって躊躇している様子でしたが、雑草を抜こうとしてボタッと尻もちをついてしまったり、足が抜けなくなってバランスを崩して泥まみれになると、まさに「解き放たれた」ようです。顔まで泥だらけにして奮闘している姿が微笑ましく、また頼もしく映りました。昔、国語の教科書にのっていた「泥んこ祭り」のようです。実は今日の「田起こし」が一番大変な作業だったそうで、来週は田植えをする予定。
狩猟型と農耕型という文化比較がよくなされますが、慈しみ育て用が足りたら自然に返すという自然共生型の優れた生活スタイル、「田んぼ」にその原点を見たような感じがして、梅雨の晴れ間にふさわしい、すがすがしい一日でした。まあ明日の筋肉痛は必至でしょうけど。

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