ローマ人の物語

【ローマ人の物語16】国家の父

「国家の父」と呼ばれ、パクス・ロマーナ(=塩野氏によれば「ローマによる平和」と訳される)を実現させた初代皇帝アウグストゥスについて、ローマ史研究の世界的権威は次のように言っているそうです。

p122 「アウグストゥスは、アレクサンダー大王やカエサルのような、圧倒的な知力の持主ではなかった。しかし、あの時期の世界は、彼のような人物こそを必要としていたのである」

時代ごとに要請されるリーダーシップの型があるということですかね。
以上 文庫版「パクス・ロマーナ(下)」より。

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【ローマ人の物語15】妥協ではなく

イタリアの高校の歴史教科書では、指導者に求められる資質として、次の5つを挙げているそうです。そして、カエサルだけが、このすべてを持っていたと。

・知性
・説得力
・肉体上の耐久力
・自己制御の能力
・持続する意志
では、ローマの初代皇帝アウグストゥス(オクタヴィアヌス)はどうだったのか。
塩野氏の通信簿によれば「肉体上の耐久力」「自己制御の能力」「持続する意志」は100点。「知性」は80点、ところが「説得力」については、辛口の評価を下しています。

p151伝えたい、わかってもらいたいという強烈な想いが、文章力を向上させるのである。

という指摘には、ブログを投稿する身として大いに反省させられました。
もっとも、塩野氏は酷評するだけでなく、自らに欠けている「説得力」を自覚し、それを補うためにある人物を登用し、任せ切ったというアウグストゥスの度量を賞賛もしています。この登用された人物とはマエケナスです。

p152 アグリッパがアウグストゥスの「右腕」ならば、マエケナスは「左腕」であった。

成功する人物の近くには、必ず彼を補佐する人物、それも正反対の資質をもった人材が必ずいるものですね。相互補完(=足して2で割って丁度よい)という点では、生涯の伴侶にも同じことがいえるのかもしれません。
ところで、文化・広報担当を一任されたマエケナスの名前は、後世に文化を助成する活動を意味する「メセナ」の語源になったのだそうです。

p88 いかなる事業も、それに参加する全員が、内容はそれぞれちがったとしても、いずれも自分にとって利益になると納得しないかぎり成功できないし、その成功を永続させることもできない。

アウグストゥスによる改革について塩野氏が引用したのは、この時代から1500年後の政治思想家マキアヴェッリの言葉だそうです。アウグストゥスの政治手法は、一見すると、全員が譲歩して折り合いをつける「妥協」のようにみえます。しかし、その本質は「あっ、そういうことなら得だな」と民衆に思わせることです。アウグストゥスは妥協したのではなく、決して「帝政」という名を口にすることなく、着実に自分の考える方向に誘導していったのでした。
今日の「郵政民営化」や「年金改革」の問題はどうなのでしょう。妥協ではなく誘導であるならば、誘導の先にあるものをしっかり見据える必要がありそうです。
以上 文庫版「パクス・ロマーナ(中)」より。

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少し視点を変えて「ローマ人の物語」の読書再開

いま本屋にいくと、ローマ人の物語文庫版の続編(17~20)が平積みになっています。
昨年来、ずっと読み続けてきたローマ人の物語ですが、カエサルの時代からオクタヴィアヌスの時代へ移ったあたりから、どうも興味関心が薄れてきたというのが率直なところです。
その理由は、これまでローマ人の物語を「戦記」として読んでいたからだと思います。
カエサルまでの物語は、どちらかというと外交を含めた対外政策がメインでした。特に戦争(戦術)において、いかに軍隊(兵士)を率いたかというリーダーシップ論だったと思います。ここでのポイントは、他国あるいは他民族を力で押さえ込むのではなく、「寛容」の精神でもってローマに同化させていくやり方でした。
ところが、オクタヴィアヌスの時代になると国内政策がメインになります。帝政のもとで国づくりをいかに進めていくか、行政改革やインフラ整備にどのように取り組んだかが物語の中心です。
昨今の日本のおかれた状況を省みれば、読み方次第で、むしろ後者の方が旬であり、示唆に富んでいて面白いのかもしれません。
そんなことを思いつつ文藝春秋(2005年10月号)を読んでいたら、ちょうど塩野七生さんの一考を見つけました。ローマの歴史をみると、時には流血してまで改革を断行し、国家が危うくなるほどの内紛や内乱を引き起こしたこともあった。けれども、仮に国家が二分するような事態にあっても、あるところまで行くと問題の本質に戻るのだというのです。そのためには何よりも「問題を単純化する」ことが大切だと述べられていました。さらには、問題の単純化ができなければ、百家争鳴はしても改革は頓挫するとあります。
読書の秋、これまでとは少し視点を変えつつ、再びローマ人の物語へ傾倒してみようかと思っています。

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【ローマ人の物語14】ノーメンクラトール

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p143 ローマには昔から、有力者は家を外にする際に、「ノーメンクラトール」と呼ぶ役の奴隷を同伴するのが習いだった。

このノーメンクラトールと呼ばれる奴隷の役目ですが、主人に挨拶しようと近づいてくる人たちを見るや、すかさず近寄ってくる相手の名前を主人にささやくことなんだそうです。主人に代わって名前と顔を覚える知的な奴隷なのです。しかも、選挙中ともなれば、名前を呼びかけるだけでなく、その人の家族のこと、商売のこと、関心事など「あなたへのメッセージ」をささやくというから、現代風にいえば「歩くCRM」のような存在だったのでしょう。
いわゆる「帝政」といえば、非民主的な政体の代表格のようなものでありながら、なぜ、そのような大衆に迎合するためのノーメンクラトールが必要だったか?それは

p146 ローマの帝政とは、選挙つきの帝政なのである。

という一行に端的に表されていました。アウグストゥスによる帝政は、表面的にはあたかも共和政であるかのような印象を人々に与えた巧妙なやり方だったといいます。
以上 文庫版「パクス・ロマーナ(上)」より。
それにしても、きょうのココログ、重過ぎます。。。

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【ローマ人の物語14】帝政ローマへの布石

roma14天才カエサルの後継者として指名された天才ではないオクタヴィアヌスは、ローマの初代皇帝となります。

p55 ローマ人は、個人でも綽名で呼ぶのが好きな民族だった。

スピキオ・アフリカヌス(アフリカを降した者)、ポンペイウス・マーニュス(偉大なるポンペイウス)、デイヴス・カエサル(神君カエサル)など、祖国に対して功績をあげた人に尊称を贈るのがローマ人特有の慣習でした。同じようにオクタヴィアヌスも、ローマの共和政復帰宣言を行なったことを機に、喜びに浮かれた元老院から「アウグストゥス」(神聖で崇敬されるものの意味)の尊称が贈られます。しかし、実はこの「アウグストゥス」という一見すると権力とは無縁にみえる尊称こそ、オクタヴィアヌスが巧妙に考えた帝政への布石だったのでした。

p80 共和政時代こそ覇権拡大の時期であり、帝政は防衛の時代に変わる。

これまでの共和政時代のローマでは、必要に迫られるたびに軍団を編成していましたが、アウグストゥスは安全保障上の必要からローマ史上はじめての常設軍をつくったのでした。国家の目標が「攻略」から「防衛」に転じたからです。しかし常設軍となれば可能なかぎり小さいコストで最大の成果を上げる組織にする必要があります。そこでアウグストゥスは、これでこそ"リストラ"といわしめる軍制改革を断行したのでした。この時代に、すでに「安全保障」という概念があったことは驚きですが、ラテン語ではこれをセクリタスといい、後に英語のセキュリティーの語源になるのだそうです。
以上 文庫版「パクス・ロマーナ(上)」より。

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【ローマ人の物語13】野心だけが先走った女

roma13塩野氏によるクレオパトラ評です。きびし~い。(^^;
この本の後半は、いわゆるシェークスピアの「アントニーとクレオパトラ」の展開そのものなのですが、映画クレオパトラや映画レジェンド・オブ・エジプトで描かれていた高貴で妖艶な古代エジプトの女王という人物像とも違っていておかしかったです。さらに、映画では悲劇のヒーロー風に描かれていたアントニウスにいたっては、次のように酷評されていました。ナイル河で釣り遊びをしていたアントニウスに対し、クレオパトラがかけた言葉です。

p156 「わたしの偉大このうえもない将軍様。魚を釣ることなどは、この辺りの猟師たちにお任せなさいませ。あなた様が釣るのは、都市であり王国であり大陸なのですから」
クレオパトラの与えるこのプラス・アルファが、アントニウスを酔わせたのである。
酔わない男であったカエサルゆえに意のままにすることに失敗したクレオパトラは、アントニウスに対しては、酔わせることにエネルギーのすべてを集中したのだろう。だが、これは、次席の器でしかない者に、主席もやれるという誤信を植えつけただけであった。

クレオパトラの野心に振り回された男の哀愁が感じられます。今日にもありそうな話ですね。

p222 「戦士で富はつくれるが、富では戦士はつくれない」

追い詰められたクレオパトラが霊廟にこもった真意について、ここに収められていたプトレマイオスの財宝を使ってオクタヴィアヌスと取引しようと考えたのではないか?という説に対し、塩野氏は、クレオパトラはローマ人の間ではこのように言われていたのを知らなかったのではないかと喝破しています。祖国ローマへの忠誠は、けっして金では買収できないローマ戦士の誇りなのだと。
このあたりは、アントニウスとオクタヴィアヌスが、ローマ世界を東方と西方に分けて再建しようとしたときに、富の豊かさだけを考えて東方を選んだアントニウスに対し、たとえ押し付けられなくても、おそらくオクタヴィアヌスはローマ市民権者の沢山いる西方を選んだであろうとする見方につながると感じます。ローマ帝国の強さの基盤は、あくまでも「ローマ人」にあったとする歴史観です。
以上 文庫版「ユリウス・カエサル ルビコン以後(下)」より。

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【ローマ人の物語13】カエサルからオクタヴィアヌスへ(後継者人事の傑作)

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p19 3月15日と書けば、西欧人ならばそれがカエサル暗殺の日であることは、説明の要もないくらいの常識になっている。西洋史でも屈指の劇的な一日、ということだ。

その3月15日の出来事にはじまり、カエサルの志がオクタヴィアヌスに受け継がれていく経緯ついて、実に140ページ余りも使いながら、塩野氏による歴史観をふまえた解説が続きます。ここでもカエサル贔屓のトーンは変わりません。先日みたシェークスピア原作の映画ジュリアス・シーザーとは大分違っていた点も興味深かったです。個人的には次の2点について、キケロの証言をはじめとした歴史的考察にもとづいて、丁寧に描き出されているのが見事だと思いました。
一つは、「ブルータス、お前もか」のブルータスは、暗殺の真の首謀者であるカシウスに暗殺グループのリーダーにかつがれた知識人マルクス・ブルータスではなく、カエサルに仕えてガリア戦役にも参戦した青年将校デキムス・ブルータスだったのではないかとする説です。
もう一つは、ローマの民衆が、カエサルを暗殺した者たちを憎悪し糾弾するに至ったのは、アントニウスによる演説に扇動されたからではないとする説です。古代ローマ人にとって大変重要な意味をもっていた「誓約」、いわば紳士協定が暗殺者たちに蔑ろにされたことが、決定的だったという見方です。カエサルが終身独裁官になった直後、元老院議員全員がカエサルの身の安全を保証する誓約に署名し、それを信じたカエサルが護衛隊を解散していたのでした。多神教であるがゆえ、「人間の行動原則の正し手を法律に求める」という、このシリーズのバックグラウンドに脈々と流れる塩野氏のローマ人観そのものです。

カエサルの死後、その志をまっとうすることになったのは18歳のオクタヴィアヌスでした。自分を後継者に指名しただけでなく養子にし、必ずしも軍事的才能には恵まれていなかったことを察してアグリッパという優れた兵士を補佐役につけ、カエサルという家名まで継ぐように言い遺してくれた故人への思いこそ、オクタヴィアヌスを奮い立たせ、その後の彼を支え続けた意志の源泉になったのではないかと塩野氏は指摘しています。

カエサルの遺言状が公開されたときの反応は、ローマ市民たちは「オクタヴィアヌス、WHO?」といい、元老院階級の人々は「オクタヴィアヌス、WHY?」だったようです。そんな無名の若者を登用したカエサルの意図は、平時におけるオクタヴィアヌスの統治の才能を見抜いたからだったといわれていますが、カエサルの野望であった「帝政」への移行にあたって、自分の死をも想定した万が一の状況を考えてのリスクマネジメントだったのかもしれません

p109 ユリウス・カエサルの名を継ぐことは、一億セステルティウスの金の遺贈よりも効力があったのだ。それをわかって遺したカエサルも見事だが、18歳でしかなかったのにカエサルの真意を理解したオクタヴィアヌスも見事である。世界史上屈指の、後継者人事の傑作とさえ思う。

やがて、キケロさえも出し抜いたオクタヴィアヌスの「偽善者」ぶりによって、アントニウス、レピドゥス、オクタヴィアヌスの第二次三頭政治がはじまり、ローマの寡頭政体は完全に消滅したのでした。

以上 文庫版「ユリウス・カエサル ルビコン以後(下)」より。

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【ローマ人の物語12】統治システム改革へ向けた3つのアプローチ

共和政から帝政への移行。これこそがカエサルが越えた真の「ルビコン」だったというように、もはや広大になったローマを治めるためには、新しい統治システムが必要でした。強大化した肉体に適用した内臓を求めるために。

p109 人間にとっては、ゼロから起ちあがる場合よりも、それまでは見事に機能していたシステムを変える必要に迫られた場合のほうが、よほどの難事業になる。後者の場合は、何よりもまず自己改革を迫られるからである。自己改革ほど、とくに自らの能力に自信をもつのに慣れてきた人々の自己改革ほど、むずかしいことはない。

ローマ独自の共和政とは、2人の「執政官」にみられる君主制の利点、「元老院」に体現される貴族制の利点、さらに「市民集会」にみられる民主制の利点を合わせ持った優れた統治システムでした。しかし、強大化したローマでは、このやり方では通用しなくなり、スッラ、キケロ、カエサルの3人は、それぞれのアプローチで現状打破しようと試みたのでした。そして、改革を成し遂げたのはカエサルだけなのでした。

スッラ
・処罰者リストによる反対派一掃
・元老院体制の補強
・年功序列制度の実施(個人の台頭を抑止)

キケロ
・ローマ公人の徳の向上
・「武力なき執政官、トーガ姿の軍司令官、文よく武を制す」の啓蒙

カエサル
・「寛容(クレメンティア)」を新秩序のモットーとする
・ユリウス暦の制定、通貨改革

一瞬、鳴かぬなら・・・ホトトギス、の3人を思い出してしまいましたが、少し違いますかね。
以上 文庫版「ユリウス・カエサル ルビコン以後(中)」より。

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【ローマ人の物語12】来た、見た、勝った

「内乱記」のなかで、盟友ポンペイウスの死について「アレクサンドリアで、ポンペイウスの死を知った」とたった一行、芸術的に表現したカエサルは、内紛のエジプトでクレオパトラを助けます。クレオパトラ物の映画では、図書館炎上のシーンが有名なアレクサンドリア戦役ののち、エジプトはローマの同盟国にもどります。さらにカエサルは、エジプト遠征の帰りに、小アジアで反旗をひるがえしたポントス王ファルナケスとの戦いにも勝利しますが、そのとき元老院あてに送った戦果報告を次の三語ではじめたといいます。

p19 「来た、見た、勝った」

050310
原文のラテン語では、"VENI、VIDE、VICI"という三語ですが、フィリップ・モリス社のタバコ「マールボロー」の箱にも刻まれているそうです。いつも簡潔、明快なカエサル流ですが、"勝利の方程式"といったところでしょうか。現地踏査の労を惜しまず、自ら進んで現場におもむくという意味で、この地にも「来たぞ!」という叫び声が聞こえるようです。また、「見た」には、斥候をつかった調査や、念入りに周辺の地理情報を把握するという意味だけではなく、すでにカエサルにはどう戦うべきかが「見えていた」という意味が込められているように感じます。頭のなかに広がる戦略マップの中で、すでに勝つことを「見た」のであって、実際戦ってみたら当然の帰結として「勝った」のだと淡々と報告しているようです。
ちなみに、自動販売機の前に「来た」私は「見た」のですが「買わなかった」のでした。無期禁煙中ですから。

p98 「市民たちよ、女房を隠せ。禿の女たらしのお出ましだ!」
これではあんまりではないか、とカエサルは抗議したのだが、カエサルと12年間も苦楽をともにしてきたベテラン兵たちは、敬愛する最高司令官の抗議でも聴き容れなかった。

ローマでの4度に分けての凱旋式の挙行は、ガリア戦役、アレクサンドリア戦役、ポントス王ファルナケスでの戦勝、そしてポンペイウスの残党を追撃した際のヌミディア王ユバに対する戦勝という、4つの勝利を祝うものだったといいます。凱旋式で、このように唱和されたカエサルが、いかに部下たちから愛されていたかがわかるエピソードです。
以上 文庫版「ユリウス・カエサル ルビコン以後(中)」より。

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【ローマ人の物語11】ファルサルスの会戦

ポンペイウスを追撃するカエサルが、歩兵47000に対して22000、騎兵7000に対して1000という大幅な劣勢のなかでいかに勝機をつかんでいくのか。ポンペイウス側ではただ一人、カエサルの手のうちを知り尽くしているラビエヌスでさえ思いもつかない秘密兵器を投入しました。

p235 敵の主戦力の非戦力化に成功した側が、どの会戦でも勝者になる。

カエサルは、敵の主戦力を騎兵だと考えます。それを非戦力化するために"馬"という動物の本能に目をつけたのです。兎がうずくまっているだけでも立ち止まってしまうのが馬という動物なので、疾駆してくる敵の7000の騎兵の前に、2000の兵士が突然壁となって立ちはだかるという秘密兵器なのでした。

p254 「方式」(メソッド)とは、誰が踏襲してもそれなりの成果が得られるものでなくてはならない。駆使する者の才能に左右されたり、その場でしか適用可能でないとなっては、教材にはならないからである。

ファルサルスの会戦で、カエサルは、アレクサンダー大王もハンニバルもスキピオもしなかったやり方で勝利します。カエサル自らが、「教科書どおりに対処していたのでは勝てなかった」とガリア戦記に書いているように、彼にとって「軍事」とは「政事」を行うための手段だったようです。
以上 文庫版「ユリウス・カエサル ルビコン以後(上)」より。

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