放送大学

社会人向けの教育は「変える」のではなく「視野を広げる」

放送大学のラジオ講座を試聴した。ラジオの音声だけ(印刷教材なし)で聴いた内容をまとめるのは結構しんどい。脳ミソがフル回転している感じである。

ラジオからICレコーダーにつないでMP3で録音し、パソコンで再生。Windows Media Playerの倍速再生機能で聴くと冗長さがなくなることは新たな発見。個人的には1.9倍速くらいまでOKであった。

ときどき「印刷教材にはない例をあげて説明します」などと、わざわざ断りを入れて話をしていたが、テキストだけを読んで済ませようとする学生を牽制しているのだろうか。この授業では先生が単調に読み上げるのではなく、ゲストの女学生に質問させたり、テキスト(「印刷教材」と呼んでいておかしかったが)の引用箇所を読ませるなど、視聴者を飽きさせない工夫をしようという意志が感じられ好感をもった。

もしかしたら意外に効果のあがる学びのスタイルかもしれない・・・と思ったりして。

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2009/6/13
生涯学習と自己実現('06)
第10回 「生涯学習における学習者像と学習支援」


成人教育では、これまでとは異なる教育のあり方を問題提起をしている。教える大人と教わる子どもという図式ではない。成人教育の論点は次の4つである。

1.自己決定性の再検討
社会人は必ずしも自己決定的に学ぶ人だけではない。系統的に知識を学ぶことを希望する人もいる。知識伝達型の教育を否定してはいない。ただし、そのようなペタゴジー型の学習から出発して、徐々にアンドラゴジー型の学習へ展開していくことは必要である。
自己決定的な学習は、個人だけでできるというよりは、集団のやりとりの中で身につけていくものだ。したがって、多様で異なる集団の意見をまとめていくプロセスのなかで「学び方を学ぶこと」が、自己決定型の学習の到達目標であるという見方もできる。


2.剛構造としての経験
成人ならではの豊富な経験が、マイナスに働く場合もある。成人学習者の自己アイデンティティは、その人の経験そのものである。放送大学の受講生の中には、自分の経験だけからしかテキストを読めない人もいる。そうなると学問の論理構造そのものを受けつけにくい。


3学習ニーズの多様性
成人の学習ニーズは、各人ごとに多様であり個別的である。フールによれば、成人学習者のタイプを目標志向、活動志向、学習志向の3つに分類している。


4意識変容の学習
こだわりを捨て、他の考え方を受け容れ、視野を広げていくことである。
意識変容を支援する立場の留意点として「意識変容すべきだ」という教え方はしない方がいい。経験の否定は人格の否定につながる。社会人向けの教育は、教化ではなく視野を広げるようなアドバイスであり、本人がハッと気づくようなきっかけを示す授業が望まれる。
また、変容は性急に求めないこと。たとえ変容がみられなくても学習成果がないとは考えない。結果的に変わらなくても意識変容の学習は起きている。本人は新しい価値観に気づき、理解したうえで、比較検討のうえ選びとっている。変えるのではなく、あくまでも視野を広げるというスタンスが求められる。


結論
生涯学習の出発点は、成人学習者の一人ひとりの経験を大事にすることにある。経験を問い直すことによって、自分の経験を振り返ってみるということに成人教育の意義がある。

放送では参考書籍として以下2つを紹介していた。

成人教育の現代的実践―ベダゴジーからアンドラゴジーへ
Malcom S. Knowles 堀 薫夫 三輪 建二

おとなの学びを拓く―自己決定と意識変容をめざして
入江 直子 豊田 千代子 三輪 建二

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わが国の高等教育に見るeラーニング

久々に放送大学のテレビ番組を視聴しようと思い立ちました。
「人間情報科学とeラーニング」の第9回になります。今回は各大学におけるeラーニングへの取り組みの事例紹介でした。

信州大学インターネット大学院
リカレント教育の役割を担うべく、働く社会人にも門戸を広げたのが2002年。実際、30代から40台の社会人が中心で、学生の9割はフルタイムで仕事をもつ人だそうです。多くの人が家計をやりくしりながら、2年間で約130万円の学費を支払ことから、モチベーションが違うといいます。印象的だったのは、いつでも、どこでも、そしてだれでもが学習できるeラーニングをめざしている点です。教材は英語、中国語に対応していることに加え、視覚障害者向けのユニバーサルデザイン(読み上げ教材等)を実装しています。

東北大学インターネットスクール(ISTU)
いつでも、どこでも、というよりは、むしろ新しい教授内容や教授方法を実現するうえでeラーニングの可能性を感じるという村木先生のインタビューが新鮮でした。パソコンやインターネットでしかできない教授方法として、特に、診断テストとフィードバックの重要性を指摘されています。米国で活用されている医学分野でのシミュレーションテストなどを日本でも実用化していくためには、教える、評価する、測定するといった人間科学分野での研究や知見も今後ますます不可分になっていくだろうと野嶋先生がコメントされていました。

園田学園女子大学 インターネットキャンパス
ユニットという概念にもとづいてモジュール化された教材をつくり、学生の個別学習を支援していくようなeラーニングの活用が紹介されていました。定時制の学校に勤務された経験が、「個別学習からグループ学習へ」という基本思想につながった、という山本先生のお話に感銘しました。定時制では仕事の都合でどうしても遅れてくる子がいるようですが、重要なことを話した後に教室に入ってきても、きっと理解していないだろうなあと思いつつ授業を進めていて、あるとき気づいたそうです。グループに個人を入れるような教育をしていたのだと。
園田学園のもう一つの特徴は、このような自己学習に加え、1クラスに6~7名からなるTAやSAと呼ばれるサポート隊の支援によって、孤立しがちな学生をフォローし、学生たちがともに学べる環境をつくっていることです。つまり、コンテンツづくりから授業サポートまで、このような人々の介在なくしては現場が回らないということです。バーチャルかリアルかを問わず、コミュニケーションの場をいかに設定し、それをトータルにコーディネイトしていく人材の育成が課題であると述べていた堀田先生のコメントに、そのことが端的に表れていると思いました。

一口にeラーニングといっても、大学ごとにそのアプローチや考え方が違っていて興味深かったです。

国内では、eラーニング元年と呼ばれる2000年頃から、eラーニングの話といえば、まず決まってビジネスの投資対象として語られてきた感があります。しかし、当時4000億円とも評された市場は、いまどれだけ成長しているのでしょうか。教育現場での真摯なeラーニングへの取り組みを知るにあたって、ICTを活用した教育ビジネスで儲けようとするまえに、学習や教育にいかにICTを活用するのかという原点に、もう一度立ち返らなければならないと強く感じます。

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学習の評価

早いもので4月から聴講している放送大学「学習科学とテクノロジ」は、第14回目を数え来週が最終回となります。今回のテーマは、新しい教え方に対応した新しい評価方法でした。

なかでも米国の学術諮問機関が提唱したという「評価の三角形」という考え方が興味深かったです。ようするに「学習者が知っていること」を知ることが、評価にとっては大変重要なのだということです。
「評価といっても、やっていることは学習者の認知活動について、観察によってデータを集め、それを解釈するという作業に過ぎないのだ。」という説明がシンプルでいいと思いました。
kwsk

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ビリーに教えて

放送大学「学習科学とテクノロジ」の第13回のテーマは、学習支援のためにテクノロジーがいかに活用できるかをまとめるものでした。

billysays今日の講義で一番面白いと思ったのはJasperプロジェクトで開発したという「ビリーに教えて」という教材です。
コンピュータ画面にビリー君が現れ、生徒にいろいろな疑問をぶつけてきます。それらに答えることで、あたかも自分がビリー君を教えているような状況を作り出します。
ところが、生徒の受け答えをコンピュータが裏側で処理していて、それに応じて返すコメントを変えているのです。生徒は自分がビリー君に教えているつもりが教わっていたことになる訳ですね。人に教えるという行動が、実は自分自身にとって一番の学習になっているということは実感としてよくわかります。
(注:写真は放送大学テキスト「学習科学とテクノロジ」P173)
これもテクノロジの使い方の一つであり、専門的には「コンピュータに知的作業を代行させる」という言い方がされていましたが、生徒にテクノロジを意識させない教材という点で興味深かったです。

三宅なほみ先生が最後に述べられていた「情報技術(テクノロジ)が進化することによって学びのチャンスが増えるため、「学び方を学ぶこと」の重要性が増していくだろう」というコメントには説得力がありました。

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第12回:学習コミュニティーの形成へ

放送大学「学習科学とテクノロジ」の第12回は、これまで紹介されてきた北米における5つの教育研究プロジェクトを振り返り、学習科学の社会的文脈を考察するというものでした。

WISEプロジェクトのリーダーであるマーシャ・リン氏によれば、これまで別々の研究領域として存在してきた「認知心理学」と「教育実践」には、共通の研究テーマがあるのだといいます。次の3点です。
1)新しい知識をどうやって生み出すか
2)知っていることと知らないことをどう見分けるか
3)自己の認知過程をどうモニタリングするか
これまで紹介されてきた各プロジェクトでは、これら3つの命題に関連する学習目標(「クラス内での目標」と「長期的な目標」の2つ)を掲げ、おのおの学びを支援するうえで、いかにテクノロジーが活用できるかを試していたのだと総括できそうです。

学習科学における研究者の関わり方について、LeTUSプロジェクトのディレクター、ルイス・ゴメス氏の面白いインタビューがありました。研究者の役割は、教員がもっている「教えたいこと」や「教育ビジョン」の具体化を手伝うことだという考え方です。さらに、教育現場での実証実験は、研究者にとって研究対象であるだけではなく責任であるのだともいっていました。自らLeTUSプロジェクトの中で「ワーク・サークル」として実践されてきた人だけに、学習科学は研究者と教員の共同作業であるという言葉に重みを感じました。

ようするに、研究する者と教える者が協働することで、持続性のあるコミュニティーをつくることが、学習科学の目指す究極の姿、社会的意義だということのようでした。

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第10回:科学的な問いを問う

放送大学「学習科学とテクノロジ」の第10回はLeTUS(Learning Technology in Urban Schools)プロジェクトの紹介でした。
シカゴとデトロイトの都市部の中高生に対し、現実に起きている自然現象について「疑問をもつ」→「本物のデータを分析をする」→「現実世界のモデルをつくる」という、自分で答えを考え、作り出すプロセスを教えるために、コンピュータをはじめとするテクノロジがいかに活用できるかという試みです。
こういった学習者の疑問を基点にした学びのプロセスのことを、発問型学習(Inquiry Learning)というのだそうです。

といいつつ、、、
今日の放送では、ウラ番組での野茂投手の日米通算200勝達成のニュースが気になってしまい、途中でチャンネルを変えてしまったのでした。(^^;

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第7回:パートナーシップという考え方

放送大学「学習科学とテクノロジ」の第7回は、前回に引き続きWISEプロジェクトの考察でした。
WISEの授業は次の4つの原則にもとづいてデザインされているといいます。

1.科学を取りつきやすいものにする
2.考えをみえるようにする
3.お互いから学ぶ
4.科学を一生学び続ける準備をする
この中では、「2.考えをみえるようにする」で、実際にセンス・メイカーなどのツールが使われていたのが興味深かったです。結論を出すまでどのように考えたのか、何を根拠にそう考えるのかについて、自分と他人の「考え」を見えるようにする(=外化&可視化)仕掛けに創意工夫が凝らされていました。
WISEプロジェクトでは、テクノロジを活用した学習環境(Learning Environment)をつくることによって、「人はいかに学ぶか」を解明しようというアプローチがとられていました。その成果の一つとして「生成効果」(Generation Effects)が強調されていたように思います。学習者同士がアイデアをつなぎ、新しい知識を生み出すことを支援する場になっているという点です。
こうして毎回書きとめているブログの内容も、WISEの「内省ノート」のように、一生学び続けるための準備になればいいなと思ったのでした。

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第6回:科学的な考え方を日常化する

凍ったペットボトルを融かさないためには、アルミ箔で包むのがよいか?または毛布で包んでおくのがよいか?
放送大学「学習科学とテクノロジ」の第6回はこんな実験ではじまりました。科学の知識が日常生活で役立つということを理解させるには、どのような授業を行えばよいか。それがテーマでした。北米で行われたWISE(Web-based Inquiry Science Environment)プロジェクトが紹介されていました。
「答え」を教えるのではなく日常的に知っていることと結びつける。すなわち、知識の伝達ではなく知識の統合が、授業の目的なのだという考え方が面白かったです。
今回のテーマからは外れますが、中高生ですら授業であれだけの活発な議論ができるのには感心しました。自分の考えを論理的に主張し、正当化するために情報(証拠)を集めてくるというトレーニングが、すでに授業で取り入れられていることは驚きでもあります。
また、議論を成り立たせるために、生徒に気づかせ、思考を引き起こし、原理原則へ導いていく教師あるいはコーチの介入(問題の投げかけ、発問、ヒントの与え方)が、日本とアメリカではだいぶスタイルが違うような印象を受けました。日本では先生が生徒に対してマンツーマンで指導するスタイル(家庭教師のイメージ)がまず思い浮かびます。
また、いきなり皆でディスカッションしながら、考え方を整理したり、思考を深めたり、論理を組み立てていく(=知識を統合していく)という学びのスタイルは、少なくとも自分が中高生の頃にはありませんでした。まず個人で考えてみて・・・というスタイルだった気がしますし、今となっても、そういう学びのスタイルが私の中では定着している気がします。
そんな風に考えると、アメリカ=個人主義、日本=集団主義という通説は、学びのスタイルという点で考えると、むしろ逆なのではないかと思ったりもします。

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第5回:デザイン研究

放送大学の「学習科学とテクノロジ」の第5回のテーマはデザイン研究でした。
ようするに、
「学習科学とは、効果が期待できる学習環境をデザイン、実践し、何がうまくいったのかを分析したうえで、それらを活かして実践と評価を繰り返すという実践的な研究分野である。」
が、本日の主題だったようです。

直感的にも「まあそうだろうな」という感じはしますが、学習科学の研究には"実験"という方法は馴染みにくいというところが、個人的に腑に落ちたところです。たとえば、「インターネットを使った→学習効果が上がった」という仮説を検証するための実験を考えたとき、そもそも人が何かを学ぶときには、インターネットの他にも多くの要因が相互作用するはずなので、インターネットを使った学習実験に対し仮によい成果が表れたとしても、その原因は特定できないという考え方です。

このような問題意識をふまえながら、学習科学研究の先駆者であるブラウン(Brown,A.L.)氏による学習科学の研究は、要因をはっきりさせるために実験を行うのではなく、どんな学習が行われているか分析することで学習そのものの質を上げよう!というアプローチに変わってきたといいます。この部分こそ、「研究すること」と「教育すること」を別物と考える従来の教育研究との大きな違いだ!と、強調されていたと思います。

ブラウン氏が着目したメタ認知プロセスの概念や、「ジグソー方式」「相互学習法」というメタ認知能力の教え方の工夫も面白かったです。これらは言葉こそ難しいのですが、そのねらいや進め方は、実は企業内研修や講習会などでは普通に取り入れられている、グループ討議やロールプレイング等の教育手法そのものだと感じます。教育研修の実践カリキュラムやプログラムといったものが、先人たちの研究成果のうえに成り立っているということを実感させられました。

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第4回:マイクロワールドの利用

放送大学の「学習科学とテクノロジ」の第4回目のテーマはマイクロワールドでした。
日常生活のように複雑な問題が起きる場面を「マイクロワールド」(ビデオ教材)として切り出し、問題の解き方そのものをみんなで考え、一番いいと思った方法で問題を解いてみるという教育手法です。この方法で、生徒は学校で学んだことが実社会で役に立つことに気づき、関心をもつようになるといいます。
「ジャスパー・プロジェクト」と呼ばれる米国の大学での研究が紹介され、ハンターに撃たれて傷ついたワシを救助するための最短経路を計算する問題が例としてあげられていました。ビデオ教材のなかには問題解決に必要な情報が隠されており、子供たちは宝探しでもするように、面白そうに取り組んでいました。自分のいる場所、移動手段、制約条件などからワシを救うために必要な行動を考え、距離、速度、時間などを計算する演習を通じて、算数が日常生活にも役立つことを体験できるのだそうです。

この方法がうまくいくかどうかは、「マイクロワールド」(教材)の出来映えも然ることながら、むしろ先生の授業の進め方にかかっているように感じました。そういう意味で、教える側に必要な能力として齋藤孝さんが自著「教え力」のなかで挙げている「テキスト力(素材力)」と「ライブ能力」という考え方を思い出しました。齋藤氏がいっているライブ能力とは相当に広い概念です。しかし、今回の放送で、ジャスパー教材の使い方についてインタビューに答えていた先生方が、「準備するのが必ずしも正しいやり方ではない」、「いろいろな解き方があることを認める」、「生徒が質問してきたときに教えるのがいい」といった、授業への関わり方についての示唆に共通点があるように思えました。

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