飛耳長目

明治維新の口火を切ったのは、高杉晋作をリーダーとする有志による軍隊「奇兵隊」の決起でした。
●奇兵隊決起せよ!高杉晋作挙兵の時
1864年12月15日・・・黒船の来航をきっかけにした幕末の動乱は、長州藩を中心にした倒幕活動から明治維新へと発展します。
時代を鋭く洞察する見識や、まず行動するという実践力など、松下村塾で師である吉田松陰から学んだことが高杉晋作のリーダーシップの原点となっているようです。特に、行動に必要な情報を出来る限り集めて未来を洞察していくという教えが、忠実に実行に移されていた点がすごいと思います。
高杉晋作のリーダーシップについて、マインドマップで描いてみました。
takasugi
その時歴史が動いた〈4〉

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徳川家康の天下取り

●大坂の陣・豊臣家滅亡す/徳川家康・非情の天下取り
1615年5月8日・・・いわゆる大坂夏の陣で、追い詰められた豊臣秀頼が自ら命を絶ち、戦国時代が終わった時です。悲劇のヒーロー真田幸村が描かれた物語が多いなか、人間味あふれる家康の苦渋の決断が取りあげられていて、家康の違った側面を発見できたような気がします。秀吉から託された秀頼の命を奪って果たした「非情の天下取り」には、確固たる平和への執念が感じとれました。実はその裏には、念仏を書き写して懺悔する姿や、秀頼に対する武士の情けがあったようです。
家康が天下をとった時の様子をマインドマップで描いてみました。
ieyasu
その時歴史が動いた〈3〉

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その時歴史が動いた<2>

第2巻は信長スペシャルともいえそうな構成です。2006年NHK大河ドラマの原作「功名が辻」にもでてくる長篠合戦が取りあげられていました。

●鉄砲伝来・偶然のドラマ
1543年8月25日・・・今ではロケット打ち上げ基地として有名な種子島。ポルトガル人が日本に初めて鉄砲を伝えました。たった2挺の鉄砲が、その50年後に日本の戦国時代を終わらせ、300年近い平和な徳川時代を迎えたという点で、「人殺しの道具が、やがて平和をもたらした」というフレーズが印象的です。

●織田信長・勝利の方程式
1575年5月21日・・・当時最強だった武田軍団をいかにして信長は打ち破ったのか。功名が辻の第一巻では、鉄砲三段撃ちというアイデアによって長篠の戦いに勝利した様子がありありと描かれていますが、鉄砲は一因にすぎないようでした。陣城を築き、敵をおびき出して殲滅するという信長の勝利の方程式は、長篠の戦い以降多くの合戦で模倣されたといいます。

●敵は本能寺にあり
1582年6月2日・・・光秀はなぜ主君・信長を裏切ったのか。天下統一を自分の才覚でやってきたと思う信長に対し、天下統一の一翼を担ってきたと考えた光秀がかみ合わず、どんどん溝が広がっていく様子が痛々しいほどです。信長のめざした新しい統治のあり方が、室町時代の大義名分を重んじる秀光には受け入れられなかったために、国替えで「お前が頼りだ!」と発したはずの信長のメッセージを、光秀は左遷と感じてしまったのでした。

●坂本龍馬幕末の日本を動かす
1866年1月21日・・・薩長同盟成立のとき、それは徳川幕府の終焉の引き金となっていきます。死と隣り合わせの同盟成立でした。

●ダルマ大臣・高橋是清経済危機と格闘す
1927年、1932年、1936年・・・大蔵大臣を史上最多の7回も務めた高橋是清は、国民から「ダルマさん」と親しまれる政治家だったそうです。類いまれな問題解決能力!

「その時歴史が動いた(2)」(NHK取材班編/KTC中央出版)より

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その時歴史が動いた<1>

NHKの人気番組がシリーズ本になっています。
第1巻は幕の内弁当(松)のような豪華さでした。これから少しずつシリーズを制覇していきたいと思います。

●運命の一瞬、東郷ターン
1905年5月27日・・・日露戦争を勝利に導いた日本海海戦における東郷平八郎の決断。その決断とは、連合艦隊がロシア艦隊の進路を横一線になって塞ぐ「丁字戦法」であった。

●世紀の対決、沢村栄治対ベーブ・ルース
1934年11月20日・・・満州事変が勃発し、国際連盟を脱退した日本。読売新聞社の正力松太郎の呼びかけ、幣原喜重郎ら外務省の後押しによって日米親善試合が実現。連戦連敗のあと、ベーブ・ルースを三振に打ち取り、大リーグをわずか1点に抑えた沢村栄治の好投は人々に感動を与え、日本プロ野球の創設につながった。

●天下分け目の天王山
1582年6月13日・・・織田信長を暗殺した明智光秀と、信長の仇を討つ羽柴秀吉が、京と大坂の中間にある天王山の麓で激突した。天王山を制した秀吉の勝機は、巧みな「情報戦略」と分かりやすい「スローガン」であった。

●幕末のプリンセス、日本を救う
1868年3月18日・・・江戸城の無血開城は、勝海舟と西郷隆盛の話し合いだけで成し遂げられたのではない。時代に翻弄された皇女和宮(かずのみや)の徳川家臣への説得があってこそ、江戸の町は戦火から救われたという。

●新選組参上!
1864年6月5日・・・新撰組による池田屋襲撃事件。敵20人の中にわずか4人で突入した若者を動かしたものは、何としても武士になりたい!という悲壮の覚悟であった。

「その時歴史が動いた(1)」(NHK取材班編/KTC中央出版)より

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