熊谷達也

懐郷

「懐かしさ」とは日本人の誇りうる情緒である。
「国家の品格」の著者、藤原正彦氏はそう書いていますが、
この本を読んで、情感を揺さぶられずにはいられません。
かなりジーンときます。

昭和30年代。
安保闘争、集団就職、米軍基地撤退…。
自分自身、この時代を生きたわけではありませんが、
貧しさの中にも、人の心には豊かさと誇りがあったようです。
どの物語も、戦後転換期を強くしなやかに生きた女性たちが主役です。

磯笛の島
オヨネン婆の島
お狐さま
銀嶺にさよなら
鈍行列車の女
X橋にガール
鈍色の卵たち

懐郷懐郷
熊谷 達也

新潮社 2005-09-15
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モビィ・ドール

クマ、オオカミ、と続いた山の物語のあとは、イルカ、シャチを描いた海の物語です。
人間とクジラとの対決を描いたメルヴィルの名作「白鯨」(=「モビィ・ディック」)とは対照的で、オスの背びれを持ったメスのシャチ「モビィ・ドール」が象徴しているのは"自然回帰"というテーマのようでした。
このモビィ・ドールの境遇に重なり合ってくるのが、海やイルカを愛する登場人物たちです。彼らは、「白鯨」のように自然を支配したり征服しようとするのではなく、自然との共生というやり方で"自分らしさ"を発見し、自分たちの弱さを克服していこうとします。自然のまま、欠点を含む「ありのまま」を受け入れることは、ある意味とても残酷ですが、それらを乗り越えられる人間の強さ、命の尊さに勇気づけられます。
「オルカの回廊」という最終章のタイトルがCool!でした。モビィ・ドールが仲間たちに助けられ、まさに自然回帰へ向かう海の回廊を悠々と去っていくシーンは感動的です。

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クマの次はオオカミ

ウエンカムイの爪に続いて、熊谷達也さんの漂泊の牙を読みました。冒険小説としてもミステリーとしてもテンポよく読むことのできる傑作だと思いました。
漂泊の牙が意味するものは、絶滅したという「ニホンオオカミ」であり、かつての山間の漂泊民「サンカ」であり、一匹狼的な主人公の城島のことでもあります。
野獣が人間を噛み殺すという惨殺の現場となった雪深い東北の山奥は、なんと正月に帰省する実家の至近なのでした。フィクションとはいえ空恐ろしくもなります。

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ウエンカムイの爪

圧倒的な強さで人間の前に立ちはだかる「大自然の力」。
東北地方や北海道を舞台にした熊谷達也さんの小説を読むと、人間とは何とちっぽけな存在かと感じてしまいます。デビュー作「ウエンカムイの爪」では、ヒグマが人間の前に立ちはだかります。

すべてを一閃で切り裂くほどの鉤爪、ムッとするような野獣の匂い、怒りの咆哮など、よくぞここまで表現できるなあと感心してしまうほどディティールにこだわった描写が、獰猛な野獣としてのヒグマを強烈に印象づけます。しかし、この本におけるヒグマの意味は、一個体としての猛獣ではなく、生態系の一部であり人間が長い歴史のなかで克服しようとしてきた大自然の象徴だと思われます。

そう考えると、ヒグマを思うままに操っているかにみえた謎の女でさえ、自然と人間の対立にフォーカスするための演出だったとも考えられるでしょう。都会の生活に破れ、逃げるようにして北海道にやってきたカメラマン吉本がヒグマとの壮絶な戦いの末、最後にみた結末こそ、著者が伝えたかったメッセージではないでしょうか。
こんどは熊谷氏のオオカミの物語を読みたいと思っています。

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