ビジネス書

右ポケットの小銭を左ポケットに移しているようなものだ

ケインズの弟子にあたるアバ・ラーナーの「機能的財政」論によれば、健全財政論者の考えは、必ずしも正しくはないという。
国力とは何か―経済ナショナリズムの理論と政策 (講談社現代新書)
国力とは何か―経済ナショナリズムの理論と政策 (講談社現代新書)

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(以下引用)

国債は、国内で消化される(自国民が購入する)「内国債」である場合には、その金利は、国民の負担にはならない。なぜなら、国債の償還金の支払先は、国民だからだ。

ラーナーは、これを「右ポケットの小銭を左ポケットに移しているようなもの」とたとえている。

内国債の場合、政府が財政破綻する(国債の債務不履行に陥る)ことはあり得ない。仮に将来の課税によって公的債務を返済しない場合ですらも、政府は借り換えを続けていけばよいのであって、全額返済して債務をなくす必要はないのである。なぜなら、政府(国家)は、民間企業や個人とは異なり、永続してなくならないと想定されるからだ。

また、政府は、通貨を発行することで債権者に支払いをすることもできる。政府が通貨発行権を有するということが、国債の返済能力を究極的に担保しているのである。

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日本の迷走はいつから始まったのか

世界ルールの変化、歴史を動かしてきた力は何だったのか。
そういう観点から近代史(とくに日本の弱点)を探るというアプローチが面白いと思った。
歴史になぞらえれば、現在の世界ルールは、第一次世界大戦後の両大戦間期に酷似しているという。

元旦の日経社説(転換期日本~変化の芽を伸ばす)にも同じ記事があった。
清沢洌の本が引用されていて、1920~30年代と現在との類似性がしばしばいわれると書いてあった。
まさに、そっくりそのまま今に当てはまる内容で驚いた。
当時は帝国主義の時代で、第1次グローバル化の時代ともよばれる。世界のリード役がイギリスからアメリカにかわっていく過渡期でもあった。

「グローバル恐慌の真相」という本にも第一次グローバル化の時代への言及があった。
それは「大恐慌の教訓を忘れて進めた自由化の罠」であり、資本移動の自由がある時代には、バブルが起きやすくなるうえに、それが崩壊すると一国にとどまらず世界的に連鎖するという文脈で理解すべきだという。

歴史の教訓にしっかり学ばなければと思った。

日本の迷走はいつから始まったのか 近代史からみた日本の弱点 (小学館101新書)
日本の迷走はいつから始まったのか 近代史からみた日本の弱点 (小学館101新書)

グローバル恐慌の真相 (集英社新書)
グローバル恐慌の真相 (集英社新書)

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弁護士が書いた究極の文章術

読み手の予測どおりに文章を書くこと。
それがわかりやすい文章の基本である。

キーワードを固定し、1つの文章に同じキーワードを何度もちりばめる。
そして、キーワードは固定して繰り返す。そのことが文章をわかりやすく、記憶に残りやすくする。

説得力のある文章を書くコツは、論拠を示すことである。
論拠というのは単なる理由ではない。
あなたの主張が正しいことを裏付ける証拠である。


弁護士が書いた究極の文章術―誤解なく読み手に伝える書き方のヒント28
弁護士が書いた究極の文章術―誤解なく読み手に伝える書き方のヒント28

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ビックマック指数

「ビックマック指数」とは次のような考え方だそうだ。

日本で280円のビッグマックが、ヨーロッパで5ユーロ34セントだとするのなら、
5ユーロ34セントが280円と同じ値打ちのはずだ。
そこで割り算をすると、1ユーロが52円43銭だったら、2つの通貨の価値が
ちょうど同じだと計算できる。

超円高社会 日本が変わる
超円高社会 日本が変わる

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消える大学、残る大学

大学職員には専門性が育たない。
日本では終身雇用制の雇用体制のため、ジェネラリストしか育たない。
たとえば、アメリカには図書館に行くと「マテリアル・ライブラリー」という教材作成セクションがある。
そこにプロが複数いる。教員のパートナーとしての教材作りに精通したプロである。

消える大学 残る大学 全入時代の生き残り戦略
消える大学 残る大学 全入時代の生き残り戦略

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韓非子の帝王学

小室直樹氏によると次のとおり。

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韓非子のほうがマキャヴェッリよりもはるかに優れている。

なぜなら、韓非子の時代には、戦国列強(七雄)は、権力政治の単位としてすでに完成していた一方、マキャヴェッリの時代には、アルプスの北側で、後にヨーロッパ列強となるいくつかの王国が、近代国家として発展途上にあったにすぎないからだ。

戦国列強(七雄)は、常備軍をもち、高度な官僚制を有し、王は絶大な権力を有し、ほとんど完全に自由に政策の遂行ができた。すでに国境を有し、領土が確定していた領域国家であった。

これらは、権力政治の単位としてすぐれたサンプルを提供するものであった。つまり、韓非子には、戦国列強の権力政治に関するデータをはじめ中国古来の権力政治に関する巨大な量のデータが利用可能であったのである。

それゆえに、マキャヴェッリよりも韓非子のほうが科学的であり、内容もずっと豊富なのである。

韓非子の帝王学
韓非子の帝王学

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KY

かつて、山本七平は空気を読む社会に警鐘を鳴らした。
戦艦大和の出撃が無謀であるとの論拠があるにもかかわらず、出撃の決定を了解したのは「空気」ゆえだった。日本には「抗空気罪」という罪があり、これに反すると最も軽くて「村八分」刑に処される。「空気」とはまことに大きな絶対権をもった妖怪であり、一種の「超能力」かもしれないと。
名著「空気の研究」より

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))
「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

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2人の高橋さんから「組織力」を学ぶ(その2)

高橋克徳さんからは「組織感情」についての講演を聴いた。
職場や組織においてメンバーに共有されている感情が「組織感情」である。

その状態を活性-沈静、快-不快という軸で分類したときに、組織感情は、イキイキ感情、ギスギス感情、あたたか感情、冷え冷え感情の4つに類型されるという。そして、こうした感情は、意図的な仕掛けによってマネジメントできるという。

たとえば、イキイキ感情を共有するために、意図的にみんなで作業せざるを得ないような修羅場経験をつくり出すとか、あたたか感情を共有するために、だれかの悩みを会議で共有して、みんなで考えることを当り前にするとか。いろいろ手はあるものだと感心した。

高揚感は、ビジョンやミッションへの共感があってこそ。そして間違ってはならないのは、ビジョンは浸透させるものではない。共感するものであるということだ。イメージできないものはマネージできない。なるほど、そのとおりだと思う。

高橋さんは、「組織力=個人力×つながり力」と定義していた。団結力とか一体感といった「つながり力」こそが、「個」を支え、強くするというメッセージであった。自分が必要とされているからこそ、自分の限界を超えてでも頑張れるのだと思う。著書の中では「何をするかよりも、誰と仕事をするかが一番大切だと思う」(P105)に共感した。そういえば面白法人カヤックの社長も同じことを言っていたっけ。

そして田坂広志さんが言っていたことを思い出した。マネジャーがビジョンを語るとき、最も大切なことは「何」を語るかではない。「誰」が語るかであると。
組織は人材にしたがうということだろう。

職場は感情で変わる (講談社現代新書)
職場は感情で変わる (講談社現代新書)

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2人の高橋さんから「組織力」を学ぶ(その1)

「組織力」とは何か。
まず高橋伸夫さんの「組織力」を読んだ。
「ウチの組織力」について書かれていた。つまり、人々の集まりが組織であるために必要な力のことである。組織の内で支えている「ウチの組織力」がどうなっているのかという切り口点が面白い。

組織力を「宿す」とは、組織における意思決定において事後的に見出される合理性、テイストを心の中に宿すということ。たとえば、創業者と苦楽を共にした古参社員が「創業者(おやじ)が生きていたら、きっとそう言ったと思う」と発言するように、時間と世代を超えて受け継がれるその組織らしさを説明できる何かを宿すということである。

組織力を「紡ぐ」とは、仕事を共にすることで、だんだん組織らしくなっていくということ。たんにビジネスライクに給料をもらっている時間だけ仕事を共にするという意味ではなく、アフターファイブを含めて本当の意味で仕事を共にするという意味である。そうした経験を通じて組織の中に「仕事を任せられる人」の集団、ペンローズ女史によればマネジメント・チームが形成されていく。

組織力を「磨く」とは、協働システムとして「~できる」「~できそうだ」というスケール観を共有するということ。自分たちでできる最大限の仕事を受けられるように、現実的なスケール観と結びつけながら、組織のふるまいを洗練されたものにしていくのである。バーナードは組織の成立要件として、1)コミュニケーションがあること、2)貢献意欲があること、3)共通目的があること、の3つを挙げたが、そこに至るまでのプロセスこそ組織力を「磨く」ということに他ならない。

組織力を「繋ぐ」とは、仕事を任せられる人を育てることである。「仕事の報酬は次の仕事」型のシステムによって世代交代を進めていくのである。「また君と一緒に仕事がしたい」と言われるよ余人をもって代え難い人材を育てることが、組織力を繋ぐという意味である。

組織力を「宿し」、「紡ぎ」、「磨き」、「繋ぐ」という4つのメカニズムことによって、人々ははじめて組織であり続けることができるという。

組織力 宿す、紡ぐ、磨く、繋ぐ (ちくま新書)
組織力 宿す、紡ぐ、磨く、繋ぐ (ちくま新書)

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もしドラ

多くの人がそうであるように「もしドラ」とドラッカーを併読。
久々に読み返すとやはり金言至言の数々。

マネジャーにできなければならないことは、そのほとんどが教わらなくとも学ぶことができる。
しかし、学ぶことのできない資質、後天的に獲得することのできない資質、始めから身につけていなければならない資質が一つだけある。才能ではない。真摯さである。
(P130)

あらゆる組織において、共通のものの見方、理解、方向づけ、努力を実現するには、「われわれの事業は何か、何であるべきか」を定義することが不可欠である。
(P22)

企業の目的と使命を定義するとき、出発点は一つしかない。顧客である。顧客によって事業は定義される。
事業は社名や定款や設立趣意書によってではなく、顧客が財やサービスを購入することにより満足させようとする欲求によって定義される。顧客を満足させることこそ、企業の使命であり目的である。
(P23)

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら

マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版]
マネジメント - 基本と原則  [エッセンシャル版]

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