憑神
「憑神」は、徳川家に仕えた御徒士(おかち)の物語です。
主人公は、ひょんなことから貧乏神、厄病神、そして死神にとり憑かれた別所彦四郎。
やけに人情味のある神々と彦四郎とのやりとりが面白いのですが、葛藤しながらも武士道を貫く彦四郎の生きざまこそ、旨みの部分だったと思います。
徳川将軍の影武者として仕えた父祖が、褒美として貰い受けたといわれる名刀。しかし、先祖代々受け継がれてきたその名刀は、目利きによる非情な一言によって贋作だったことが知れるのでした。「どういう言い伝えがあろうと、言葉に形はない」と。
以下はそのときの彦四郎と喜仙堂の亭主とのやりとりです。お互いのプライドを尊重し合う、なんと美しい言葉の応酬とリズムなのでしょう。
(以下引用)
・・・
「おっしゃる通り、言葉に形はござらぬ。
伝承の真偽を証すものは、形あるこの刀でござる。
しかし、形なき言葉には、信ずる者の心がこもっており申す。
よしんば刀が贋物にせよ、伝承が嘘にせよ、
そうと信じて勧め力めた祖宗の心にまさる真実はござりますまい。
その努力精進さえも過ちと断ずる勇気を、拙者は持ちませぬ。
たとえ天下の目利きがこぞって贋物と鑑じましても、
別所の家に生まれ育った侍にとって、
この御刀は正真正銘の御紋康継にござりまする。
どうか、ご亭主もそうと信じてお研ぎ下されよ」
「練達の士たるおまえ様には、ふさわしからぬとも思うがの。
あえてそれでもよいと申されるなら、喜仙堂の研ぎをご覧にいれよう」
・・・
「憑神」(浅田次郎/新潮文庫)P236より
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