天は我々を見放した
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デジタルシネマらしい美しい映像であった。
撮影地はモンゴルの首都ウランパートルから車で7日もかかる場所。もともとドキュメンタリー作品を撮ろうとしていたが、取材で出会った現地の鷹匠の親子にキャスト出演してもらい、フィクション物語としてつくりあげたとのこと。
多くの映画作品のように出発~試練~帰還というストーリーにそって12歳の少年パザルパイの成長が描かれていた。ドイツではすでに上映され、北欧諸国でもこれから公開予定だと聞いたが、日本でもぜひ劇場公開してもらいたい。

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2009にて
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6/30のNHKテレビ「プロフェショナル 仕事の流儀」は、燃料電池車の開発物語であった。新幹線のような加速性能をもち、水を排出しながら走る夢のようなクルマである。
ホンダで燃料電池者の開発責任者をしている藤本さんは、世界初、世界一をめざすプロジェクトにおいてリーダーが果たす役割は、メンバーに夢を語り、メンバーとビジョンを共有することだと言っていた。リーダーシップの教科書にはよく書いてあることだが、本で読むのとは一味違う臨場感がある。
そして「思い」は意地でも形にするということ。CO2の排出ゼロ、水素をエネルギーにして発電しながら走るクルマをつくるのはあたりまえであって、そこにクルマ本来がもつ運転する楽しさも実現しなければ意味がないという高い志に感銘を受けた。
藤本さんたちがつくった燃料電池車のことを、ドイツ人技術者が「空飛ぶじゅうたんのようだ」と評していた。技術者冥利に尽きる瞬間だったであろう。
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藤巻幸夫氏の「人心巻きこみ力」。きょうのテーマは「熱い組織のつくり方」でした。
老舗メーカー福助の立て直しでは、藤巻社長自らとにかく現場を走り回り、社員一人ひとりに直接声をかけていました。冷めた社員に対しても、粘り強く引き込むように関わっていけば、必ず心のスイッチが入るときがあると言ってます。
日替わりヒーローを生み出すような組織にしたい。藤巻氏の強い思いがあったようです。熱を伝染させるという言葉、そして社長の仕事の中で、人事が一番大切だと語っていたのが印象的でした。社員300人との面接と全員の持ち味の理解、なかなかできることじゃないですね。
4/16放送 NHK教育テレビ「知る楽 仕事学のすすめ」より
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教育研修にたずさわる者として、本日のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」のテーマは、大変興味深かった。茂木さんによれば、子どもを育てるのも、部下を育てるのも、自分を育てるのも、基本的には変わらないということ。
"育て"の極意とは、次のことであった。
・あえて教えない
・ひたすら待つ、ただし観察しながら
・芽を見つけたら、その時本気でアクション
人に教えられるよりも、自分で考える方がドーパミンの分泌量が増える。その結果、脳がその直前の行動を繰り返そうとするようになり、行動が強化される。
ひたすら待つのだが、その際、自発性の芽に注目する。ドラゴン桜のモデルになった竹岡先生が、生徒の自発性の芽を見つけたとき、わざわざ自宅に帰って資料を調べて生徒に答えを示したというエピソードがあった。時間をおかないで、その場でアクションをとることが重要。自発の芽が出てくるときは、脳が空白を埋めてほしいというサインを出しているとき。タイムリーに埋められれば、記憶が定着するのである。
ただ待つだけでなく、ほめてやることや、ヒントを与えることも大切。たとえば、どこかに連れて行ったり、だれかに会わせるなど、環境を変えてあげることが、親や上司の役割となる。
自発性には「未知への挑戦」が不可欠。どうすれば、そういうスピリットを育てられるのか。それは、親なり上司が、子どもや部下にとっての安全基地になることである。
安全基地のポイント
・やりたいことをやらせる
・応援団に徹する
・欠点も受け入れる
・困った時こそ手助けする
やりたいと思ったら全力でやる「自発性の回路」は、何によって育んでも良い。最初はイヤイヤながら始めたことであっても、プロフェッショナルになる人は、必ず自発性がある。
自分を育てるには、クヨクヨと後悔することを勧める。
反省と後悔は違う。後悔は、想像と現実を脳の中で比較である。「あのとき、こうすればよかった」「他にこういうやり方があったのに」ということを、なるだけ具体的にイメージすればするほど、失敗の経験が、悔しさや悲しみととともに脳に強く記憶され、適応力が向上する。つまり、後悔は未来のためにある。
将棋の世界では事後に感想戦というのがあるが、人生の感想戦を行うことで、自分を育てることができる。
育てることで、育てる側も育つということも大事なポイントだ。人間は、お互いに育て合うことで、成長し合える。
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テレビ朝日開局50周年の報道ステーションでは、甲子園の名勝負「箕島×星稜」の延長18回の死闘を、当時の映像と関係者の証言で振り返っていた。
延長12回表、延長16回表、いずれも星稜が1点勝ち越し、その裏の箕島は、いずれも2アウトをとられてから起死回生のホームランで同点に。結局、箕島が延長18回裏にタイムリーヒットでサヨナラ勝ちをおさめたのだった。
阿久悠さんは、1979年(昭和54年)夏の甲子園のこの試合を、最高試合といい次の詩を贈ったという。
“「奇跡」と呼ぶのはたやすい。しかし「奇跡」は一度だけだから「奇跡」なのであって、二度起これば「奇跡」ではない”
あらためて、ものすごい試合だと思った。
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GMを経営危機に追い詰めたのも自動車版サブプライムともいえる手法だった。ローン販売の7台に1台が焦げ付いたというから尋常ではない。深夜に新車同様のSUV車の引き上げ作業をする債権回収業者(レポマン)は大繁盛だそうだ。
プラスチック生成技術をもつ世界中の企業の買収を進めているという投資家へのインタビュー。電気自動車の時代になっても、インパネやダッシュボードの内装にはプラスチックが不可欠。だから将来莫大な利益を生み出すビジネスになるはず。これを独占したいという。着眼はすごいと思ったが、聞いていて愉快ではなかった。
デトロイトのモーターショーでGMの新車が披露された。電気自動車であった。GMのエンジン部品を作ってきた某メーカーは、自動車産業からは撤退し、医療機器の部品メーカーとして業態転換を図るつもりだという。
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脳に埋め込まれたマイクロ・チップ(ゾーイ)に、人の一生が記録されるというアイデアが面白かったです。
主演のロビン・ウィリアムズは、故人の追悼上映会のためにメモリアル映像をつくる編集者。その実態は、人生の醜い記憶をカットし、美しい記憶をつぎあわせるという仕事。オーサリング・ツールは「ギロチン」と呼ばれます。無表情で淡々と仕事をこなすロビンの姿は怖い。
技術革新によってさまざまな記録メディアが登場しようとも、記憶は自分の心の中だけにとどめておくのが幸せなのでは、と思ってしまいます。
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メジャーリーグ史上最年長のルーキーの実話。
スカウトからのオファーがきたとき、「夢を追うのはいいが、それは自分のやるべきことが見つかるまでだ」と父にいわれる主人公。それでも彼の夢を支えた家族の絆、周りの人たちの激励。
主人公を演じたデニス・クエイドがすばらしい演技でした。
奇遇にも、NHKのサンデースポーツでは、ロサンゼルス・ドジャースの斎藤隆投手が生出演していました。マイナーから這い上がり、クローザーとしてメジャーで活躍したところや、逆転サヨナラ勝ちをしたパドレス戦でのチームメイトとのエピソードが、「オールド・ルーキー」の感動のストーリーと重なりました。
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ニューヨークで成功した劇作家フィンクがハリウッドに招かれ、レスリング映画の脚本を書くという話。
滞在先の不気味なホテルで、部屋にこもって仕事をするフィンクの周りで奇妙な出来事が起こります。チャーリーは実在する人物なのか、脚本づくりで追い詰められたフィンクの妄想なのか・・・。
暑苦しいホテルの一室で、フィンクにとって唯一の救いだったはずの「海辺の美女の絵」と、結末のシーンとの関係はどのように理解すればよいのか。最後まで謎のままでした。
同じように、作家が主人公のミステリー映画スイミング・プールを思い出しました。
こういうのを劇中劇的手法というのでしょうか。

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お互いのことをホワイト、オレンジ、ピンク、ブロンド・・・のように匿名で呼び合い、宝石強盗をするためだけに集まったプロ集団は、プロジェクトチームさながらです。
組織・チームのありようとしては、陽気なギャングが地球を回すのようにお互いに気心が知れた少人数の集団でもなく、ゴッドファーザーのように絶対的な指揮命令系統をもったファミリー組織とも違います。
たとえ悪党であっても、「信頼」がチームを一つにするのだという点が興味深かったです。
警察のおとり捜査によって強盗計画が失敗し、疑心暗鬼によって内部崩壊していく犯罪グループを描いたバイオレンス・アクション。タランティーノ監督のデビュー作「レザボア・ドッグス」です。

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第二次世界大戦末期、連合軍によるノルマンディ上陸作戦。ここでライアン家の4人兄弟のうち3名が戦死。
「何ということだ、最後の1人ライアン二等兵を何としても救出せよ!」
8人の兵士に特命任務が下ります。
そして、畑の道を砂埃をあげて車を走らせ、ライアンの母親に訃報を伝えにいく軍の幹部。
玄関先で崩れ落ちるライアンの母親。
冒頭のオハマビーチでの惨状も衝撃的でしたが、それとは対照的な、この静かなシーンに深い悲しみを感じました。

たった1人の兵士の救出のために8人の兵士が命を賭ける。
戦争の矛盾と無常さを感じます。
自分たちにも残された家族がいる、それなのになぜ命をかけてまで、そいつを救わなければならないんだ?
そんな思いに「任務をまっとうして胸をはって家族のもとに帰るのだ」という思いを伝える指揮官ミラー大尉(トム・ハンクス)。しかし、やっと見つけたライアンから返ってきたのは思いがけない言葉でした。
最後のシーンでアップになる星条旗が象徴するように、最後まで彼らに「国のために戦っている」という言葉はありませんでした。
「プライベート」とは二等兵という意味だそうです。
ライアン救出はパブリックな国家作戦だったにもかかわらず、描かれているのは3人の兄を失ったライアンであり、家族のもとに帰るために任務をまっとうしようとするミラー大尉です。
この「プライベート」には、あくまでも家族愛のうえに成り立つ祖国愛という意味が込められているようにも感じます。
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ソフィア・コッポラ監督「ロスト・イン・トランスレーション」
スカーレット・ヨハンソン見たさにレンタルしてきたのですが、これが予想外に心に残る映像でした。超高層ホテルの窓にもたれかかり、膝を抱えてすわる彼女は切なく儚げです。
さらに、サントラがとてもよかった。
流れるように走るタクシー、車窓からみえたTOKYOの夜景、映画のイメージそのままです。
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マイケル・ベイ監督の近未来アクション。
記号化された氏名、例外なく着用する白い服、監視されるすべての行動・・・
2019年というあまりにも身近な将来が、こんなにも画一化された管理社会になっているとは。
その理由は、地球の環境汚染。
外部から隔離された人工的な施設の中でしか生存できなくなった。
しかし、これが人間の姿をした「製品」の品質管理だとしたら。。。
クローンをクローンの視点から描くという発想が斬新だと思いました。
クローンから「俺はいくらした?」と尋ねられたオーナーの答えは「500万ドル、命の値段なら安い」でした。
ハッピーエンドっぽく終わりますが、決してあってはならない未来像でしょう。
アクション映画としては十分楽しめる作品だと思います。
女性クローン役のスカーレット・ヨハンソンは、米国男性誌の読者投票において「世界で最もセクシーな女性」に選ばれたとか。
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父と子の絆を描いた感動作。
貧しい田舎から出てきた親子が、北京で多くの人たちに支えられながら、ヴァイオリニストになる夢を追いかけます。「子どもの成功は親の夢」というシチュエーションはありがちですが、それがエゴでもなく、犠牲でもなく、過保護でもなく、周りの人たちまでも幸せにする純粋愛として描かれていて、爽やかな感動を与えてくれました。
わが子に対する父の無償の愛は、ある意味当然と思いきや、実はこの親子にはそれ以上の秘密があったのですね。
ラストシーンでは、ヴァイオリンの音色が涙をさそいます。
ぜひとも「好きな映画」に追加したくなる1本でした。
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懐かしい中古ビデオを見つけました。
この作品を100円で買えるとは、なんてラッキーなのでしょう。
グリコのお菓子のようなタイトルですが、宇宙開発をめぐる陰謀を描いたSFサスペンスなのです。世界初の有人火星宇宙船になるはずだったカプリコン1号の背景には巨大な国家権力が・・・。
大学生の時、友人Oから勧められてこの映画を観たとき、その着想の面白さにハラハラドキドキさせられました。
特に2機のヘリコプターに追われるスカイチェイスのシーンは圧巻です。砂漠の風景といい農薬を積んだグライダーといい、映像的には「北北西に進路を取れ」でのセスナ機による襲撃シーンを連想してしまいます。
あらためて傑作(オススメ)だと思いました。

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あの戦慄のメロディとともに、廃墟と化したオペラ座でシャンデリアが甦るオープニングには圧倒されました。
ファントムの運命を思えばこそ、クリスティーヌの墓のまえに添えられた一輪の赤い薔薇のエンディングが切なくも美しかったです。
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80日間で世界一周できるかどうか?
とりあえず何も考えず、子どもと一緒に笑えて楽しめる一本でした。
ジャッキー・チェンのアクションは、たまに観ると動きだけでも楽しいですね。
思わずニヤッとしてしまうシュワちゃん、サモ・ハン・キンポーの配役や、歴史上の有名人であるゴッホ、ロダン、ライト兄弟らを旅先のチョイ役として登場させる演出も可笑しかったです。
海底2万マイルでおなじみのジュール・ベルヌの小説「八十日間世界一周」が原作とのことです。原作では横浜にも寄港するのですが、この映画では中国のあと、いきなりサンフランシスコに飛んでしまうのがちょっと残念。
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美しい映画でした。特に郷愁を誘う映像が素晴らしくよかったです。
文四郎の凛とした男らしさ、ふくの健気な女らしさが印象に残りましたが、ふくの少女期を演じた子役はどこか「おしん」に似た雰囲気がありましたね。父助左衛門への尊敬の念、悪友たちとの厚い友情など、心にジンとくる場面もよかったです。文四郎が里村家老に対して「お黙りめされ!」と一喝するシーンは迫力がありました。
その後、はじめて藤沢周平の原作本「蝉しぐれ」を読んだのですが、映画を観た後ということもあり、文章の一行一行から海坂藩の情景や文四郎の心の動き、人物それぞれの振る舞いが、ありありと浮かび上がってくるのには驚かされます。
映画では描かれていなかった文四郎の元服や、里村家老が文四郎に仕向けたという刺客のエピソード、映画では唐突感のあった青木孫蔵が斬られた理由など、原作を読めばさらに新しい発見があります。
日本語って情念の込められた美しい言葉だなあと実感させられました。
追伸
映画「蝉しぐれ」のロケ地が山形県の羽黒町、そして庄内方面であることを知り感動を新たにしています。実は小学校6年生のときに修学旅行で訪ねた地でもあったのです。
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9月27日放送のガイアの夜明けを見ました。
昨年10月から今年6月までに起きた医療事故はなんと889件(うち死亡事故が108件)。平均すると1ヶ月に100件ですから1日に3件以上も起きている計算になりますね。「ミスをミスとして発表するようになったから件数が増えただけだ」という現役医師による空恐ろしい証言もありました。なるほど病院ランキングの本や名医を紹介するガイドブックが売れるわけです。
そんな中、医療への不信感を払拭するために、各病院の「技術の伝承」への取り組みや、新しい「研修システム」の導入が紹介されており興味深かったです(少々駆け足だったのが残念ですが)。なかでも“神の手を持つ男”と呼ばれる脳神経外科医による脳腫瘍の手術現場にカメラが潜入し、20名もの医師が同席するなかで医療技術が伝承されていく様子は見応えがありました。現場に立ち会うことで技術が伝承されるという感覚が、実感としてよく分からなかったのですが、おそらく名医を取り囲む医師たちの集中力や観察力は、凡人には想像を絶するものなのでしょう。
彼から技術を引き継いだ医師が、見事にその技術をつかって手術を成功させたというエピソードも紹介されていました。10割の成功(=医療ミスゼロ)を目指すという医師のコメントは、人の生死がかかった現場でしか経験を積めない医師という職業の過酷さを象徴していました。
名医を育てるプロセスについて考えてみると、最近みたある図が思い出されました。PM育成ハンドブック(IPA)の20ページに出ている「スキル定着のためのプロセス」の図です。93歳の現役医師である日野原重明さんが番組冒頭で語っていた「学びがいつもある。患者からも学んでいる。」という言葉によって、いみじくもPM育成ハンドブックに示された「知識」と「経験」と「スキル」をつなぐループ構造が連想されました。そして、この図のなかでのメンタリングという矢印(上級PM)は、番組に登場した“神の手を持つ男”のような名医を意味しているように思えます。
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日本人としての誇り(プライド)をもって矛盾だらけの東京裁判に対峙した被告人、東條英機の姿が描かれています。東條英機といえばA級戦犯。自分自身も含めて、悪しき軍国主義のシンボルとしての評価が一般的と思われますが、この映画を通じて、これまで学校の教科書では教わることのなかった歴史の一面を知りえたように思えます。
たとえば、この映画のなかで出てきた満州国建国にあたっての皇帝溥儀の証言、南京虐殺をめぐる関係者の証言、インド独立への日本の軍事行動の関与などを通じて、いわゆる自虐的といわれる歴史観について考え、見つめ直すことも必要ではないかと感じました。
さらに、情報操作あり、勝者が敗者を裁くという、法に照らし合わせば必ずしも正当とはいえない東京裁判は、民主主義、平和主義の国家をつくるための人為的な総括(政治ショー)だったのだと、あらためて認識させられました。
そこまでして連合国軍が日本に植え付けようとした思想、そして日本が世界に対して受け入れることを公約した平和主義、民主主義とは何だったのか。おそらく今後、憲法改正や日米安保の問題がヒートアップしていくだろうと思われますが、これらを考えるうえで、この映画で描かれている東條英機の「プライド」は、日本人にとって様々な示唆を与えてくれそうです。
ところで、監督の伊藤俊也氏。代表作が「女囚さそりシリーズ」だと知り、不条理なものと闘う人間の姿を描いているところが同じだと思いました。独り暮らしをはじめた学生の頃、ボロアパートで徹夜しながらテレビ東京に見入ったのを思い出します。
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亡国のイージスをみました。キャストの熱演は期待どおり見事なものでした。もはや"亡国"とまで卑下されたこの国、日本を守るため、ゆるぎない使命感を胸に任務を全うしようとする海の男たちの姿は文句なしにカッコよかったです。なかでも専任伍長・仙石(真田広之)とテロリスト・ヨンファ(中井貴一)がよかったです。そして、この2人を凌駕するくらい如月(勝地涼)が光っていましたね。今後ブレークしそうな予感がします。
とはいえ、あくまでも私見ではありますが、ストーリーに関しては少々辛口にならざるを得ません。娯楽映画として観るには、ずいぶん肩に力が入ってしまいました。
まず、全編を通じて「日本はダメな国だ、自分の力で祖国を守ることすらできない、日本人には誇りがないのか・・・」と、危機感を煽られ、挑発されているようで、「専守防衛」という姿勢すら全否定されているように感じてしまいました。果たして国家主権は、パワーで勝ち取るのが唯一の手段なのか?戦後60周年のメッセージとしては、かなりインパクトがありました。
また、いそかぜ副長・宮津(寺尾聰)の国を憂える気持ちは分かるのですが、それがあのような行動につながるものだろうか?という疑問。愛する者が絡んだ過去があるとはいえ、テロリストと共謀する理由は最後まで??でした。それ以上に謎だったのがヨンファの目的です。彼はGUSOH(グソー)を奪って何をしたかったのだろうか・・・。
そのヨンファが言い放った「自らの手で平和を勝ち取ったことのない民族に何がわかる!」の厳しい一言に、この映画のメッセージが集約されているのだとすれば、それにハッと反応してしまった自分は、やはりいろいろな意味で、この映画を観てよかったと振り返ります。最後のCGはさておき、スケールの大きい骨太な一本です。
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世界80ヶ国で同時公開された話題の映画「宇宙戦争」を観てきました。
「怖かった!」一緒に観ていた子供の感想です。個人的にもSFというより、パニック映画やホラー映画に近い感想を持ちました。リメイク流行の昨今、今日でこそ実現できる映像・音声技術の恩恵をフルに活かすことで新しい魅力を描くことに成功した映画ではないかと感じます。
エイリアンが操るトライポットの総攻撃によって、町が焼き尽くされ、逃げ惑う人々が次々に襲われていく映像と音響効果は、「世界最強国がたったの2日でこのざまだ」のとおり、一方的で凄まじいものです。スクリーンから目を背けるのではなく、私は釘付けにされました。もう逃げ切れないという絶望感、一瞬たりとも気の抜けない緊張感を味わうことができます。映画後半まで"敵"の顔がみえないというのは、余計に恐怖感が助長されていたように思えます。期待が大きかっただけに、ストーリーはごく平凡なものに感じられてしまいましたが、このリアリティあふれる映像を見るだけでも十分満足できる映画だと思いました。
主演トム・クルーズの役回りが、いつものように地位や才能に恵まれたヒーロー的な存在ではなく、家族を必死で守る地味で平凡な父親役であるところが意外でした。恐怖に怯え、泣きわめく幼い妹レイチェルを必死に守ろうとする兄ですが、その名前はアシモフ原作のSF小説にでてくる子守りロボットを想起します。
水滴中の微生物を顕微鏡でとらえたオープニングシーン、実はこの物語の重要な伏線になっていることに結末で気づくわけですが、少々唐突で、言葉足らずな感じが否めませんでした。火星人の侵略を描いたハヤカワ文庫の原作を読もうとしたら、オープニングは原作を忠実に再現していることがわかりました。19世紀末、よもや地球人よりも進化し、地球人と同じく有限の寿命をもつ知的生命体が空の彼方から真剣に、しげしげと地球を観察していようとは誰も思わなかった。・・・
(「宇宙戦争」H・Gウエルズ作/ハヤカワ文庫 SFより)
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登場人物は、麻薬の密売人ヴィンセント(イーサン・ホーク)、映画監督のジョン(ロバート・ショーン・レナード)、弁護士のエイミー(ユマ・サーマン)という、かつて高校の同級生だった3人のみ、映像は終始モーテルの一室だけという異色の映画「テープ」でした。
こんな限定されたシチュエーションなのですが、昔の"ある出来事"をめぐって、会話の応酬だけで表現される3人の心理描写にぐいぐいと引き込まれていくのは、脚本の妙に尽きる気がします。最後のどんでん返しには、まんまと一杯食わされました。
男性ならば、ジョンの追い詰められていく心理状態に同化してしまうのではないかと思います。
イーサン・ホークとユマ・サーマンの組み合わせはガタカ同様たしかに絵になるのですが。。。
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人生があと24時間で終わるとしたら――
麻薬売買の罪によって7年間の刑務所暮らしが決まった主人公のモンティ。とうとう明日収監されることになりました。服役するか、自殺するか、逃げるか、選択肢はこの3つしかありません。これら3つのどれを選んでも、彼にとっては「最後の1日」になるという現実。それを諦観する親友、父親、恋人たち。
刑期を勤め上げて出所すれば「やり直せる」とは浅墓な幻想であり、アメリカでは刑務所に入ること=死を意味する(ある意味では死よりも辛い屈辱的な扱いが待っている)という認識を新たにしました。
自分が犯した罪によって、かけがえのない人たちを失い、これまでの人生と決別しなければならなくなったモンティ。後悔、悲しみ、苦悩、恐れ、、、それらすべてを受け入ようとして葛藤する姿を、静かに、そして刹那的に演じていたエドワード・ノートンが印象的です。
結局3つ目を選び、父親とともにアメリカ大陸をひたすら西へ逃走するラストシーンと、逃亡の果てを映し出した別の人生。これはモンティの回想だったのか?それとも願望だったのか?どちらとも取れそうな曖昧さのなかに、わずかな希望を感じられました。
この映画、9.11のあとスパイク・リー監督が描いた話題作だったようですね。(2002年作品)
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ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキという地球上の5都市のタクシードライバーたちが、それぞれ同じ夜に体験する出来事を綴った5話のオムニバスです。
タクシードライバーを演ずる登場人物たちの個性的なキャラクターがすばらしい。それぞれの境遇を背負った人間が偶然に出会う場面、それがタクシーの車内なのですね。練られたストーリーには、ブラックユーモアあり、切なさあり、いずれの話も結末の余韻がよかったです。
第1話 ロサンゼルス(午後7時7分)
運転手=整備工になる夢をもつ女、乗客=映画女優を探すエージェント
第2話 ニューヨーク(午後10時7分)
運転手=東ドイツからの移民、乗客=おせっかいな黒人の男
第3話 パリ(午前4時7分)
運転手=コートジヴォアール人、乗客=盲目の若い女
第4話 ローマ(午前4時7分)
運転手=懺悔したいローマ人、乗客=心臓の弱い神父
第5話 ヘルシンキ(午前5時7分)
運転手=悲しい過去をもつ中年男、乗客=酔いつぶれた3人組労働者
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映画スイミング・プールです。イギリスの人気ミステリー作家であるサラ(シャーロット・ランプリング)が、南フランスのプール付きの美しい別荘でミステリーを執筆するうちに、自らが執筆中のミステリーの主人公になっていくというメタな映画でした。フランソワ・オゾン監督作品です。
サラが執筆活動をしていると、別荘のオーナーである出版社の社長の娘ジュリー(リュディヴィーヌ・サニエ)がやって来ます。この若い娘は毎晩ちがう男を別荘に連れ込み、自由奔放に振舞います。最初はこの若い女を毛嫌いしていたサラでしたが、いつしか観察対象となり、執筆中のノートパソコンに「ジュリー」というフォルダを作成してから執筆スピードを上げていくのでした。
出版社社長の愛娘ジュリーをあばずれ女として描き、最後には殺人まで引き起こすストーリーに仕立て上げたサラの思惑は、もはや中年の自分のことを金づるとしてしか見ない、愛人関係にあった出版社社長への反攻にあったのでしょうか。おそらく最後に登場する愛娘ジュリーだけが現実で、あとは映画のなかで現実と幻想が交錯し、どこまでが現実でどこまでがミステリーの中の出来事なのか、一切謎に包まれたまま終わってしまいます。
華麗なるミステリーの名にふさわしい傑作だと思いました。
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いい映画でした。「OCTOBER SKY~遠い空の向こうに」です。
時代は1957年10月、アメリカの夜空を横切ったソ連の人工衛星スプートニクに魅せられた少年の実話です。ウエストバージニア州の炭鉱の町コールウッドに住む高校生のホーマー(ジェイク・ギレンホール)が、自分たちの力でロケットを打ち上げる夢を抱き、悪友の3人とともに「ロケット・ボーイズ」を結成、周囲の反対や苦難を乗り越え、ついに夢をかなえるのでした。
炭鉱一筋に生きてきた仕事人間、息子の生き方を理解しようとしない父親ジョン(クリス・クーパー)でしたが、ところどころに、影でわが子を思う親心がでていてジンと来る場面があります。親から子へと受け継がれた頑固さは、ただ一つのことに打ち込むことができる人間の純粋さであり、強さでもあると思いました。
女教師ライリー(ローラ・ダーン)をはじめ、少年たちの夢を見守り、助けようとする大人たちの優しい眼差しには、今の時代にはない人のぬくもりが感じられ、現実に戻ったときには逆に寂しい感じがしました。
皆に見守られながら、少年たちの夢と希望をのせたロケットが、シューンと天空に上っていく最後のシーンには、思わず目頭が熱くなってしまいました。
けだし名作です。
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この映画をスティーブン・ソダーバーグ監督の傑作とみる人も多いようです。
話としては、娘の事故死に疑いをもった父親が真相を追い求め、娘を死なせた相手に復讐するというごくシンプルなストーリーです。アクション物にしては今ひとつ迫力がなく、ストーリーも淡々と進みます。彼が真相を知る最後のクライマックスですら「乾いた感じ」のトーンは変わりません。それでいながら、なぜか引き込まれていく不思議な雰囲気をかもし出していました。
この独特な雰囲気の理由、まず挙げられるのがソダーバーグ流の演出手法です。過去と現在のシーンを交互に切り貼りしたような映像は、スタイリッシュでカッコイイ!という評価を得ているようです。主人公の父親ウィルソン(テレンス・スタンプ)の回想シーンに、彼自身が出演した昔の映画のシーンを使うというアイデアはたしかに斬新ですね。KAFKA(迷宮の悪夢)でも、それまでのモノトーンの映像が、主人公が城に入るとカラーに切り替わり、城から出るとモノトーンに戻るという面白い演出をみたことがあります。ソダーバーグの凝りに凝った演出の謎解きするのも楽しいのですが、個人的にはストーリーそのもので楽しませてくれる映画のほうが性に合っているようです。
もう一つの見どころは、テレンス・スタンプの渋い演技でしょう。ボコボコに殴られようが、銃で撃たれようが、矢で刺されようが、決して倒れることのない不屈の老人。かつてイギリスには「鉄の女」がいましたが、この映画でのウィルソンは「鉄の男」のようです。9年間の刑務所暮らしで鍛え抜かれた「凄み」と「孤独」が伝わってきました。「孤独」という点では、復讐相手であるテリー(ピーター・フォンダ)も同じです。過去の栄光に浸りながら、逃げるように生きる姿は「孤独」そのものでした。
タイトルの「THE LIMEY」とは「英国人」の意味だそうですが、これを邦題「イギリスから来た男」としたのは名訳だと思います。いかにも無機質なこの映画を象徴しているかのようです。
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ようやくターミナルのDVDをレンタルできました。祖国でクーデターが発生しパスポートが失効。ドアの先はアメリカなのに入国できず、帰国もできないまま空港で生活することになったナボルスキー(トム・ハンクス)。
このアイデアに富んだ脚本は、またもやアンドリュー・ニコル作ということで大いに期待していただけに、他の作品にみられるストーリーのテンポのよさや意外性から比べると、インパクトに欠けたような感想をもちました。ナボルスキーが大事に抱えるピーナッツ缶の秘密に、私自身がなじみが薄いためか、あまりピンとこなかったからかもしれません。
多くの人たちの愛、友情、善意に助けられ、やがて大切な約束を果たすナボルスキー役には、まさにこの人しかいない!というほど、トム・ハンクスがはまり役でしたね。逆にいえば、この映画の魅力は彼の演技力によるところが大きかったような気がします。彼を助けたあとのアメリア(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)の寂しそうな笑顔が心残りでした。
とはいえ、みた後に幸せな気分になる映画であることは間違いなく、個人的にも好きな作品の一つに挙げたいと思います。
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シモーヌはCG映像でつくられた女優。失敗続きの映画監督タランスキー(アル・パチーノ)が起死回生をねらって世に送りだした絶世の美女です。生い立ちや存在そのものが謎につつまれたシモーヌの秘密を知ろうと執拗に付きまとうマスコミと、彼女の存在を隠し続けるタランスキーとの攻防が見ものです。
やがて、全世界の人々を虜にするシモーヌは、もはや創造の主であるタランスキーでさえコントロールできなくなり、逆に追い詰められていく展開がスリリングです。自分がシモーネを創ったはずなのに、シモーヌのおかげで世に出たといわれたタランスキー。シモーヌの本当の生みの親であるハルクの墓の前で、ある決断をするのですが・・・。
シモーヌ(SIMONE)という名前の由来が、CGソフトのコードネーム「SIMulation ONE」の略であったり、よくみるとI→1、O→0とすり替えてあったり、マスコミを欺くために、エノミス(ENOMIS)という逆さまの名前をつかってホテルを予約したりと、映画にでてくるきめ細かい演出も楽しめました。
「ガタカ」や「トゥルーマン・ショー」のアンドリュー・ニコル監督らしい着想の豊かさには毎回感心させられます。今回もまた「虚構」がテーマで「海」もでてきました。
シモーヌ役のレイチェル・ロバーツはスーパー・モデル出身だとか。個人的な好みではありませんが、たしかに美しい人ですね。
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トゥルーマンの人生そのものがテレビ番組なのです。恋人、家族、友人、町に住む人たち全員が、おのおのの役割を演じるキャストで、生まれ育ったシーヘブンという小さな島でさえ、実はテレビ番組のための巨大な舞台装置だったのでした。生まれてから30年間、全世界に24時間放映されている事実を知らないのはトゥルーマンただ一人。そんな奇妙な物語です。
すべてが作り物の虚構の世界だということを知らず、自分の気持ちに素直に生きるトゥルーマンの姿がとても切ない物語なのですが、ラストは感動的です。虚構のショーを終え、舞台挨拶をした後で、リアルな世界への扉を開ける彼の姿におもわず拍手を送りたくなりました。
純粋な心の持ち主であるトゥルーマン(ジム・キャリー)、虚構の世界の創造者として神がかり的な雰囲気をもつディレクター(エド・ハリス)の演技が素晴らしかったです。奥さん役のメリル(ローラ・リニー)の偽りの微笑も、お人形のような怖さがありました。いずれも、役になりきることで、本来ありえない世界に見事なリアリティを出していたと思います。
そもそもアンドリュー・ニコルの脚本ということで興味をもったトゥルーマン・ショーでしたが、監督作品であるガタカもお気に入りの映画の一つです。
そういえば、この映画でも「嘘」がテーマになっていましたね。兄弟が海で泳ぎを競うシーンなど、人生の試練の象徴として「海」が描かれている所も似ています。アンドリュー・ニコルが手がける映画には、奇想天外なストーリーの面白さにくわえ、人間のもつ強さや可能性について、勇気と希望を与えてくれる作品が多いようです。映画を観た後の「切なさ」も同じような感じがしました。結構ハマっています。別の作品もぜひ観てみたいと思いました。
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実在したユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの自伝だそうです。ナチスによる狂気なユダヤ人虐殺に対し、ピアニストである前に一人の人間であるために、迫るナチスの影に怯えながら逃げ、隠れ、食べ、そして生に執着するシュピルマンの姿がありのままに描かれていました。主演はエイドリアン・ブロディです。収容所からの脱走にあたって、友人マヨレクが彼にいった「逃げることは簡単だが、生き抜くことが困難だ」というとおりの展開が、映画の大半を占めています。
映画の中では、ドイツ人将校との交流だけが唯一の救いでしたが、彼がなぜシュピルマンを助けたのか、その理由までは明かされていません。また、ばれたら自分の命さえ危うくなるリスクを負いつつ、シュピルマンを助け匿う友人たちに、人間の尊厳をみるような思いでした。
戦争で戦うのは兵士だけでなく、一般の人々が生き抜くことこそがむしろ「戦い」の真実であり、平和のありがたさを実感させられました。あのような悲劇は絶対に繰り返してはならないと。
同じナチス・ドイツの時代を描いた映画でも、どちらかというと先日みたライフ・イズ・ビューティフルの方が個人的には好きだなあ。
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映画ライフ・イズ・ビューティフルに涙。おとぎ話のようなラブ・ストーリーの末、幸せ一杯に暮らしていた家族ですが、ユダヤ人強制収容所行きの運命が待っていました。
別棟に収容された愛妻ドーラ(ニコレッタ・ブラスキ)への思いを胸に、過酷な強制労働に耐えるグイド(ロベルト・ベニーニ)は、息子ジョズエに対して、収容所で体験することのすべては大がかりな集団ゲームであって、一等賞を獲るために与えられた試練なのだと、世界で一番優しい"嘘"をつくのです。
この映画で描かれたナチスの強制収容所は「絶望や恐怖」のモチーフであり、どんなに辛く過酷な状況にあっても、信じることで希望は生まれるのだということを伝えるための舞台なのですね。直接的な残虐なシーンはありませんが、なす術のない絶望感が伝わってきます。レッシング軍医との再会が希望の一光になるのかと思いきや・・・。それでも、だれかを傷つけたり、攻撃することなく、「笑い」や「ユーモア」によって、救われる道があることをグイドは証明してくれます。コメディタッチな映画の前半にでてくる「意志があれば何でもできる」という、友だちから聞いたショーペンハウアーの話も伏線になっているようです。やがて、父親が我が子と約束した一等賞は現実のものとなり、奇跡は起こるのでした。
自分のために嘘をつく人間は多いが、愛する人のために嘘をつける人間はいるだろうか?多くの人に見てもらいたい、素直にそう思うすばらしい映画です!
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映画トロイを観ました。かのアレキサンダーが愛読書にしていたというホメロスの叙事詩「イーリアス」が原作です。いまから3200年前、歴史上最大と言われるトロイア戦争のきっかけは、トロイの若き王子パリス(オーランド・ブルーム)がスパルタの王妃ヘレンを愛し、略奪したことでした。妻を寝取られたスパルタ王メネラオスは、トロイ侵攻の口実を得たと考えるギリシア王であり兄のアガメムノンとともにトロイに攻め入ります。
ギリシア側の戦士アキレス(ブラッド・ピット)が戦う理由は、歴史に名を残す英雄になりたいという野心にあり、ギリシア王への忠誠や祖国への愛ではありませんでした。常にアウトローで無敵の戦いを誇ってきた獅子アキレスでしたが、トロイとの戦いを通じて人の心を取り戻していくストーリーに惹き込まれてしまいました。蝶のように跳び一刺しで大男を仕留めた冒頭のシーンや、パリスの兄でありトロイ最強の戦士であるヘクトル(エリック・バナ)との決闘シーンなど、剣闘士モノを思わせる一騎打ちの名シーンが印象に残ります。
一番好きなのは、祖国に残してきたわが子を思い、焚き火のまえで木馬を彫っていた兵士をみて、オデッセウスが"トロイの木馬"を閃いたシーンです。このときオデッセウス(ショーン・ビーン)は、難攻不落のトロイの城壁をいかにして崩すかという策士の思いと、友であるアキレスがプリアモス王とじきじきに交わした無謀ともいえる密約(ヘクトルの死に礼を尽くし12日間停戦とする)をどうやって守るかを考えていたはずです。
トロイの木馬をはじめとして、ギリシア神話など歴史上のエピソードがふんだんに盛り込まれている点も楽しめます。死んだ戦士を葬る儀式で、両目のせた2枚の金貨が黄泉の川を渡るための船賃を意味することをはじめて知りました。また、トロイ落城のとき、パリスの放った弓矢がアキレスの唯一の弱点であった足首を貫きます。いわゆる"アキレス腱"の由来ですが、アキレスが生まれたときに、母親が息子の終生不死を願い、身を浸せば不死身の肉体が得られると信じられていた冥府の河に、赤ん坊の足首をもってをもってドボンとつけ込んだという伝説からきているようです。ようするに足首の部分だけが水に浸かることなく、唯一アキレスの弱点になったというわけです。このあたりのエピソードについては、阿刀田高さんの小説「ギリシア神話を知っていますか」が軽いタッチで面白く読むことができます。なお、このとき炎上するトロイから逃れた落人こそ、のちのローマの建国者、ロムロスの子孫にあたるといわれており、小説「ローマ人の物語」もここからスタートしています。
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24日放送のNHKBSディベートをみました。教育基本法改正をめぐって是派である西澤潤一氏(首都大学東京学長)と松本健一氏(評論家)、非派である澤地久枝氏(作家)と藤田英典氏(国際基督教大学教授)の四氏による議論は大変興味深かったです。論点がいくつかあったと思うのですが、自分なりにインスパイアされた意見や問題提起、思ったことなどについて、忘れないうちに書きとめておこうと思います。
●“国を愛する心”が教育基本法に盛り込まれた場合、どのような変化や影響をもたらすと考えるか?
君が代斉唱などにみられる不当な強制につながるのではないか、というのが藤田氏の一貫した主張だったと思います。条文に入ることで、必然的に「評価」が起こり、愛することを競い合うという現象が起きることを強く懸念されていました。個人的には、教えることと評価することは一対の関係であるべきだと思いますが、その一方で、心まで評価できるのか?(評価の低い子に心がないと言い切れるのか?)という指摘をしたスタジオの声もありました。西澤氏も教育現場で強制されるべきものではないという考えは同じでしたが、必要性を知らしめるショック療法として条文に入れることの意味があると考えているようでした。
●私と公、自由と強制のバランスについて
教育基本法改定の目玉は「公の視点をもつ教育」ですが、ここでいう「公」の意味についてです。「公=国家」と考えるから問題があるというのは松本氏の指摘でした。なるほど家族のなかにも公はあり、地域社会、郷土、その延長線上としての国、世界、地球という広がりとして「公」を捉えられれば、必ずしも戦前の軍国主義を想起しなくても済むかもしれません。
しかしながら、その「公」についての教え方を、教育勅語のように「かくあるべし論」ですすめるのであれば、義務教育=強制となってしまいます。かといって、教育指導要領の範囲外の教育に、自治体や教育現場の判断(教えても良いし教えなくてもよいという自由度)があるのだとすると、それもどうなのかなあと感じてしまいました。条文に入ったからといって「国を愛しなさい!」とそのまま教育現場で教える教師はいないだろう!という西澤氏の意見は、バランスをとるのは教育現場の教師の力量にかかっていると聞こえてしまい、先生方には酷のような気がしました。
●これからどんな学校教育が必要か?
日本人であることを誇りに思えるようになるための教育が必要だという点では四氏とも意見は一致していたようです。なかでも国際社会における日本人のアイデンティティ喪失への危機感が背景にあったように思えました。冷戦終結後グローバル化が進むなかで、日本の歴史・文化を知らなすぎる日本人に対し、「自国を愛していない日本人が、どうして我々を理解してくれようか」と、松本氏のあげた外国人の日本人観の例が、個人的には大変説得力がありました。「日本という国を好きになる気持ちを育む教育」の必要性ですね。
もう一つには、歴史の押しつけや、かくあるべしという強制ではなく、ありのままの事実として歴史や他国との日本の関係について教え、考える力、感じとる力を育てられるような教育が必要であるという点も、西澤氏をはじめ澤地氏も言及しており、これも是派非派の統一見解だったように思えます。
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明治時代の愛国心こそ健全なナショナリズムだという歴史研究家や批評家も多いようで、NHKスペシャルにしろ、教育改革にしろ、明治の日本を再考しようという動きがあるようです。このまえの日曜日に図書館にいったとき、司馬 遼太郎の「歴史の中の日本」の一節を読みました。小説「坂の上の雲」の最後の回を書き終えたときの感想だそうです。(以下引用)
蒸気機関車が、それも多数の貨物を連結した真黒な機関車が轟音をたてて体の中をぬきすぎて行ってしまったような、自分ひとりがとりのこされてしまったような実感をもった。中学生のときに友だちのお父さんに連れられて映画館でみた「二百三高地」ですが、昨今の明治ブーム?にのって、もう一度観てみたときの感想が、この轟音をたてて走る機関車の印象にダブりました。
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突然の心臓発作で倒れた母が8ヶ月経って覚醒したとき、ベルリンの壁は崩壊し、東西ドイツの統一が実現していました。東ドイツの青年アレックスは、社会主義者であり祖国を愛する母にショックを与えないように、事実を隠そうと彼女に対して嘘をつき続けます。
社会主義国家崩壊の象徴である「グッバイ、レーニン」とは、おそらく主人公アレックスのつぶやきだと思われますが、映画の結末をみて感じたのは、アレックスをはじめ東側の人々が望んで止まなかった西側の自由や豊かさは、果たして本当に享受できたのだろうかということです。「グッバイ、レーニン」に込められた複雑な思い、そして「幸せとは何か?」について考えさせられたドイツ映画でした。
時代の流れを先読みしていた人(=家族を捨て西側に亡命したアレックスの父)、納得できずも適応しようと努力する人(=元宇宙飛行士で国民的英雄だったタクシー運転手)、流れに身を任せて適応していく人(=母の看護婦でありソ連出身の恋人ララ)、積極的に楽しもうとする人(=映画制作に夢をかける西ドイツ出身の友人)など、時代に翻弄されながら生きる、それぞれの人たちの姿が印象に残ります。いずれも、アレックスの嘘に協力する心優しい人たちです。おそらく、彼らにもいろいろな思いがあったに違いないでしょう。
音楽は「アメリ」を手がけた人だそうで、映画全体が"優しい雰囲気"に包まれているのも頷けます。率直にいい映画だと思いました。
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ダグラス・マッカーサーの半生をつづった映画を観ました。指揮官を解任されたときに米議会で行なった演説での名言です。憲法改正、農地改革、婦人解放、財閥解体などの占領政策によって、戦後日本の骨格づくりに貢献したマッカーサー元帥が、ローマの休日のグレゴリー・ペックの名演により"英雄"として描かれていました。
マッカーサーに対する見方は、人それぞれだろうと思いますし、自分自身も戦後を生きたわけではないので、実感としてよく分かりません。
ただ、戦後の日本人は、なぜ昨日まで殺し合っていた敵軍の総司令官に従順、尊敬し、2000日にもおよぶ支配のあと帰国しようとした際には、羽田までの沿道に20万人もの人々が見送り、彼の離任を心から惜しんだのか?
あくまでも娯楽映画として受け止める必要はあると思いますが、戦争のない平和な世界を望んでいたこと、彼自身が第二の故郷といったフィリピンを見捨てることなく、必ず戻ってくると約束しその約束を果たすこと、原爆投下では「"妙なもの"をつくりおって」と米政府(連合軍)を批判したこと・・・等々、マッカーサーを"英雄"たらしめる人格や言動が描かれていたように感じました。実際、当時多くの日本人が、マッカーサーのことを「征服者」としてではなく「解放者」として迎え、"英雄"として見ていたことが想像できます。
幣原首相がマッカーサーに対し、憲法に「戦争放棄」を盛り込むように提案したシーンでは、憲法制定に至る経緯についての認識を新たにしました。
一方で、自尊心や自己顕示欲の強い軍人としての姿も描かれていました。朝鮮戦争での戦略をめぐってトルーマン大統領と対立し、解任されてしまいます。標題の名言に象徴されるように、マッカーサーは最後まで軍人なのでした。「義務、名誉、祖国」の3つを、軍人として守るべきものとして挙げたウエストポイントの陸軍士官学校での演説も印象に残るシーンでした。
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時代は14世紀後半、中国では蒙古の支配が後退し、元から明へ王朝が移ろうとしていました。高麗から明に派遣された使節団は、あらぬ疑いをかけられて砂漠に流刑にされてしまいます。灼熱の砂漠で孤立したこの高麗の武士たちが主人公です。彼らは元軍に捕らわれた明の姫(チャン・ツィイー)を助け出し、姫を守りながら砂漠からの脱出を試み、そして高麗への帰郷をめざします。
奴隷の身から自由になったヨソル(チョン・ウソン)の武士道は、国のためではなく、愛する人のためでもなければ、名誉のためでもないのです。ただ「姫を守る」という使命のために戦う姿は、無機質で鬼気迫るものがありました。これは、剣闘士の正義とも違い、騎士の名誉とも違い、サムライの仁義とも明らかに違うものです。この映画では殺陣がものすごい迫力なのですが、中でもこのヨソルの槍さばきが際立って華麗でした。
また、なんといっても、主役から脇役まで個性が輝いていました。登場人物が多いにもかかわらず、これだけ一人一人が印象に残る映画もめずらしいと思いました。チェ・ジョン将軍(チュ・ジンモ)や弓の名手である隊正(アン・ソンギ)の存在感、別将カナムの忠誠心、敵役ですが元軍のランブルファ将軍(ユー・ロングァン)もカッコよかったです。もう一度観たいと思わせる、最近の超オススメの映画です。
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光の中に立つ怪しげな人物は千里眼の男ハヌッセン(ティム・ロス)です。夜毎に政界人や軍人、貴族が集う「オカルトの館」の支配人である彼は、ヒトラーの台頭を予言し、ナチス体制への入閣を目論んでいました。一方、このオカルトの館で怪力ショーの舞台に立っていたのが、ユダヤ人の純朴な青年ジシェです。無敵の力持ちを誇るジシェは、自らユダヤ人であることを舞台で告白したことで一躍ヒーローとなりますが・・・。
ジシェの夢にでてくる真っ赤な蟹の大群こそ、これから先のユダヤ人の運命を象徴していたのだと思いますが、映像的にもインパクトがあって最後まで脳裏に残りました。
真実が明らかになり、ナチに連行されるときにハヌッセンが残した「最後までエレガントでいたい」という台詞が美しかったです。このシーンでは、悪役だったはずのハヌッセンに対し、別な感情が生まれました。
実話をもとに、運命に翻弄されるユダヤ人の運命を描いた作品だそうです。
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前売りチケットを買っておいたものの、なかなか映画館にいけず、そうこうしているうちに上映が今週一杯で打ち切りになることを知り、アレキサンダーさながら東方遠征してきました。
世界征服を果たしたマケドニアの若き大王の華々しい偉業を美化するのではなく、彼のもっていた弱さや苦悩に光を当てた作品のようでした。伝説の王アレキサンダーの強さ、猛々しさを思い浮かべていたので少しイメージと違ったのですが、英雄がゆえの孤独や苦悩はよく描かれていたのではないでしょうか。コリンファレルのイメージでは、カリスマ性を描くには物足りない気もしますが、臣下であり友人のヘファイスティオンとのバイセクシャリティや、母オリンピアスへのマザーコンプレックス、父親のマケドニア王フィリッポスとの確執など、内面の葛藤をうまく演じるには適役ではなかったかと思います。
戦闘シーンはオリバーストーンが200億円かけたというだけの迫力がありました。ただ、戦いの大義名分についての描写が弱いからなのか、殺戮シーンや残虐性の方が目立ってしまった印象を受けました。何度もモチーフとして登場する「鷲」の、空を飛んでいる目からみた合戦シーンは、優れた戦術家であったアレキサンダーが、きっと頭の中に描いた鳥瞰図そのものだったことでしょう。インドでの象との一騎打ちのシーンも絵になっていました。
映画のなかでアレキサンダーとともに戦って年老いたプトレマイオス(アンソニー・ホプキンス)の回想シーンで、「彼のしたことは結局、侵略にすぎなかった」と言った後、筆記役に、やはり今のは書き直せといった場面が不可解でした。マケドニア王の父、そしてギリシア神話の英雄たちを超えるための戦いは、あくまでもアレキサンダー自身の野心であって、結局、何万キロもの東方遠征に参戦した兵士のうち、彼の情熱や行動についていけた者はいなかったのだと本音をこぼしてしまったのでしょうか。
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このところ史劇映画ばかり観ていますが、このブレイブハートもよかったです。以前から気にはなっていましたが、3時間にも及ぶ大作ということもあって、ずっと先送りにしていました。監督・主演メル・ギブソンというだけで、アクション中心の小気味よい展開ぐらいに予想していましたが、思った以上に心に響く作品でした。
戦記ものであるため、たまに目を覆いたくなるような残虐なシーンや、過激な復讐もあるのですが、愛する人を殺された主人公ウォレス(メル・ギブソン)の怒りと悲しみに同調してしまい、心の中で無意識のうちに拳を固めていました。権力による一方的な支配と屈辱行為、良心を踏みにじる裏切りによる怒りと憎しみが、人間の尊厳をかけた自由を勝ちとるための戦いになっていく様は、スパルタカスやグラディエーターにも通じるものがあります。そういう意味で、ストーリーとしては一つの"型"であるともいえ、わかりやすい、悪くいえば単調な作品だとは思います。しかし3時間ものあいだ飽きさせないのは、この映画が「本当に大切なものは何か?」を私たちに何度でも問いかけ続けるからだと思います。また、スコットランドを助けるアイルランドの援軍、イングランドに政略結婚で妃をとられたフランスなど、当時のヨーロッパ諸国それぞれのイングランドへの思いや、歴史的変遷などが垣間見れる点も、興味深かったです。
幾度の裏切りにも屈することなく、ついには死に至る拷問にかけられようとも、自分の信念を決して譲らないウォレスの"勇敢な心(ブレイブハート)"が、とうとうスコットランドの若き王ブルース(アンガス・マクファーデン)に引き継がれます。この映画では、一時はウォレスと熱い握手を交わし、ずっとウォレスのことを尊敬していたにもかかわらず、彼を裏切り続けるしかなかったブルースこそ、ブレイブハートを手に入れるまでの迷い、苦悩、勇気、希望などをみごとに演じ切ったもう一人の主役ではなかっただろうかと感じました。
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まるで怪獣映画のイントロのような火山の爆発、そしてスリリングな音楽。ローマ帝国繁栄の絶頂期、西暦79年に起きたヴェスヴィオ火山の大噴火によって、一夜にして灰に埋もれた都市ポンペイを舞台に製作されたこの映画は、ポンペイ最後の日に生きたローマ人たちの愛と正義と友情の物語です。1960年製イタリア、スペイン、モナコ合作という古めかしいビデオでした。
頻発する強盗や暴力、飽食や快楽におぼれる市民たち、広がる貧富の差など、ローマ繁栄の一方で退廃する社会の様子が描かれていました。ポンペイを牛耳る権力者が当時まだ新興宗教であったキリスト教徒に罪をかぶせ、富を強奪していることを知った百人隊長グラウカス(スティーヴ・リーヴス)が、真実を暴き、正義を貫くために為政者たちと戦います。一味に捕えられ、見世物として闘技場でライオンと戦わせられている時、恐怖の大王が鉄槌をくだすかの如く火山が爆発します。悪人たちが倒れる中、グラウカスら正義を貫いた者たちは、海辺にたどり着き、かろうじて脱出に成功します。最後まで正義と理性を失うな、正義は勝つのだ!と勇気づけられるようです。
世の中全体が何となく停滞し、モラルを欠いた行動が蔓延し、すさんだ少年犯罪が起っている昨今、正義を学ぶことができる教材としても、良質なスペクタクル映画だと思いました。キャストのなかでは、グラウカスが恋する娘アイオネ(クリスティーネ・カウフマン)も清楚で美しかったので、別作もチェックしてみたいです。なお、講談社青い鳥文庫から児童書もでているようです。
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映画「レジェンド・オブ・エジプト」を観ました。数あるクレオパトラ物の一つです。私の中ではエリザベス・テイラーのクレオパトラがあまりにも輝いていたので、今回の作品は、全体を通じて少し印象が薄かった気がしてます。シーザー役は007の4代目ボンド、ティモシー・ダルトンでした。
クレオパトラが絨毯にくるまれて運ばれてくるところから、シーザーとのあいだに男児を出産、やがてシーザーがブルータスに暗殺され、こんどは副将のアントニーと恋におち、オクタヴィアヌスとのアクティウムの海戦に破れ、最期はローマの墓に追い詰められ、毒蛇に噛ませて自ら命を絶つというストーリーは、映画「クレオパトラ」そのものです。「クレオパトラ」のほうがDVD×2枚だったのに対し、今回の「レジェンド・オブ・エジプト」はDVD1枚に収まっているため仕方ありませんが、多少ストーリーが急展開である印象は否めませんでした。
本作では、クレオパトラ、シーザー、アントニー、いずれにも祖国の運命を背負った人間が感じるであろう重さや葛藤は描かれていなかったように思います。逆に、一人の人間としての感情や欲望が、そのままストレートに表現されており、物語としては分かりやすかったです。このまえ観たジュリアス・シーザーでは、ブルータスがローマという国を思うがゆえに、やむなく愛するシーザーの暗殺に至ったのに対し、本作では陰謀という側面が強調され、直情的な行為として暗殺シーンがあった点も対照的でした。
個人的な感想として、エリザベス・テイラーのクレオパトラが、高貴でゴージャスなエジプトの女王という印象があったのに対し、今回のレオノア・ヴァレラの方は、妖艶さや支配欲の強さをもつ娼婦のイメージがありました。どちらも違ったクレオパトラの魅力に満ちていました。
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レンタルビデオ屋の「史劇」のコーナーに、古めかしいVHSのビデオが置いてありました。タイトルは「ジュリアス・シーザー」。シェイクスピアの悲劇が映画化されたものです。
牛歩のごとく読み進めているローマ人の物語では、ユリウス・カエサルと呼ばれるこの人物像について、想像を掻き立てながら文字を追っています。しかし、これはあくまでも著者である塩野七生氏の視点や歴史観を投影したものです。「ローマ人の物語」シリーズという1本筋の通った読書に身をまかせながら、たまには同時代の映画作品や別の著書に寄り道するのもまた楽しということで、さっそく借りてしまいました。
物語は、シーザー暗殺の前夜の密談にはじまり、シーザーの暗殺後、ブルータスとアントニーの後継争い、その戦いに敗れて自害するブルータスの最期までが描かれています。「ブルータス、お前もか」のシーザーの文句があまりに有名ですが、物語はブルータスの悩みや葛藤が中心です。この映画、タイトルがジュリアス・シーザーであり、俳優の演技が目立っていたのはアントニーだとはいえ、ストーリー的には主人公はあくまでもブルータスのように思えました。シーザーのイメージが、塩野氏のローマ人の物語で描かれている寛容さや柔軟性、先日観た映画「クレオパトラ」のレックス・ハリソンが演じていた少しにやけた伊達男ぶりとは違って描かれていたように思えます。
キャシアスら陰謀者たちに引き入れられ、正義を信じてシーザー暗殺を実行したブルータスでしたが、シーザー追悼の名目で演壇に立ったアントニーの巧妙な演説によって、ローマ市民が「反ブルータス」へ導かれていくシーンは見応えがありました。また、アントニーの軍に追い詰められ、絶望したキャシアスとブルータスが、いずれもシーザーを討った剣をつかって自害するシーンは悲劇そのものでした。
これまでシェイクスピアはほとんど読んだことがなかったのですが、一つ一つのシーンがつながって全体のストーリーをつくりあげるという舞台劇ならでは?の面白さを少しだけ感じとれたような気がしました。
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50年ぶりの新球団「東北楽天ゴールデンイーグルス」誕生の舞台裏を追ったドキュメンタリーです。先週末に録画していたのがやっと観れました。恒常化した赤字を親会社の広告宣伝費に吸収することで、かろうじて成り立っている日本プロ野球の球団経営。そこに、あえて経常黒字という大目標を掲げた三木谷社長の挑戦です。先日のライブドアVSフジの記事で、joshiさんが
球団オーナーになるのなら野球を愛している人。ラジオ局の株主になるのならラジオが大好きな人になってもらいたいです。とコメントくださいましたが、まったく同感です。そういう点では、三木谷社長の最大の興味関心は、もっぱら、いかに儲かるビジネスモデルをつくるか!だけにあるように感じられ、野球への思いがあまり伝わってこなかったのが少し残念でした。
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「死によって自由人は楽しみを失うが、奴隷は苦痛をまぬかれる。奴隷にとっての自由とは死であるから、死を恐れない。われわれは勝つ。」こんな思いを胸に秘めた奴隷たちが、自由を勝ちとるために元老院が支配するローマ帝国と戦います。反乱を企てた奴隷たちのリーダーであるスパルタクス(カーク・ダグラス)の生きざまが強く、切なく、心にしみます。
自由を求めて故郷トラキアへ帰ることだけを望み、イタリア半島南端の港をめざすスパルタクス一行でしたが、ローマの威厳にかけてそれを許さなかった元老院は、クラッスス(ローレンス・オリビエ)を差し向け、反乱軍を制圧してしまいます。捉えられた捕虜たちに対し、クラッススは「スパルタクスを差し出せば命を助けてやる」といいますが、奴隷たちが一斉に「我こそスパルタクスだ」と立ち上がるシーンには鳥肌が立ちました。その結果、捕虜となった6千人の反乱軍は、ローマにつづく街道沿いに十字架にかけられてしまいます。
クラッススと元老院で権力争いを繰り広げるグラックス(チャールス・ロートン)ですが、ローマの内紛(ローマ人の物語では「勝者の混迷」のあたり)のなかで、あくまで民衆派としての信念を貫いた一人の政治家として描かれていたと思います。「政治は実利を計る仕事だ。欲しいものは罪人からでも買う」とまで言い放ったグラックスでしたが、最後にはスパルタクスの妻であるバリニアを奴隷から開放し、逃してやるのでした。十字架にかけられたスパルタクスを目の前にしてバリニアが旅立つシーン、「Good bye my love」「Good bye my life」というセリフには泣けました。3時間を超える大作でしたが一気に最後まで観ました。
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古代ローマの剣闘士のドラマを描いたグラディエーター(Gladiator)を観ました。先日のクレオパトラに続き、また少し、ローマ時代の魅力を再発見できました。映画は森林でのリアルな戦闘シーンから始まるのですが、槍や投石器をつかって敵をかく乱し、ローマの重装歩兵が隊列を整えながら前進し、背後から騎兵が挟み撃ちにするという戦い方は、【ローマ人の物語】での戦闘シーンそのもので、冒頭から引き込まれてしまいました。
この戦いでローマの英雄となったマキシマス将軍(ラッセル・クロウ)ですが、皇帝アウレリウスの不肖の息子コモドゥスの嫉妬から、愛する妻子を殺され、一転して奴隷の身に陥れられます。
人間同士、あるいは人間と猛獣を戦わせる見世物は、当時のローマにおける統治システムだった、いわゆる「パンとサーカス」のサーカスを意味します。この映画のなかでも、大衆市民の心を捉えた者がローマを制覇するのだというフレーズが幾度となく出てきます。コロッセウムでの決闘後、皇帝の親指の向き一つで剣闘士を生かすか殺すかが決定されるように、本来は皇帝の統治を強めるために行われたショーだったはずです。しかし、市民の心を捉えたのは、剣闘士マキシマスなのでした。コモドゥスへの復讐を超え、人間の尊厳をかけて戦い続けるマキシマスが、いつの間にか大衆市民の心を捉えてしまうストーリーに心を打たれました。
映画では、元老院の良識派としてグラックスが登場したり、コロッセウムの舞台装置にライオンが登場する大掛かりな細工がしてあったりと、これまで読んだり見たりした当時のローマが映像に再現されていて楽しめました。マキシマス役のラッセル・クロウが注目されますが、誰にも愛されることのない悪役コモドゥスを演じたホアキン・フェニックスの演技もすごいと思いました。
どうやらマキシマスという人物が実在していたかどうかは定かではなく、コモドゥスが決闘後に死んだという史実もないようですが、当時のローマの本質をこれだけ見事に描いた作品が、2000年度アカデミー賞の主要部門を総なめにしたのも頷けます。
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最近何かと気になる「カフカ」です。オースターの書評を読めば比較対象として作家カフカの名前が、そして先日レンタルビデオ屋にいった時のこと、そのものずばり「KAFKA~迷宮の悪夢」というタイトルが目に入りました。監督はスティーブン・ソダーバーグ、どこかで聞いた名前だと思えば、いま話題の「オーシャンズ12」を手がけた監督さんだったのですね。
物語ですが、カフカ自身を主人公にしたサスペンスです。昼は保険会社の事務員として働き、夜は小説を書くという単調な生活を送っていたカフカ。ある日突然、数少ない友人の一人が失踪します。調査を進めていくにつれ、背後に管理社会プラハの権化ともいえる「城」の謎が浮き上がってきます。
カフカが書いた小説のファンであった石工(自らも石を刻むアーティストだと思っている)が見つけた墓石から城に通じる地下道は、街で疫病が流行ったときの裏通路だったといいます。城に入ったときからはじまる悪夢は、急に鮮やかなカラー映像になります。迷路のような城のなかでは、能率的に働く人間をつくるために人体実験が繰り返されていたのでした。天才科学者が発明した脳を覗く巨大な顕微鏡が何ともリアルで不気味です。それまでモノクロ映像で表現されていた「暗黒の街プラハ」という現実が、悪夢になったとたんにカラーになるという演出が面白かったです。そして城を出ると、映像はふたたびモノトーンに切り替わります。別れた恋人とカフェで歓談していたのは、城で実験台にされていた男ではなかったでしょうか。ラストシーンで小説を書きながら血咳するシーンがありますが、まさに疫病(結核)で逝去したといわれる生涯を再現したものだったのだと後で知りました。カフカを演じたジェレミー・アイアンズが、感情の起伏のない演技で、孤独感、不安感を絶妙に表していたと思います。
実存主義とか、精神分析とか、そんな言葉を聞いただけで気おされてしまうカフカ文学ですが、無理に「分かろう」としたのがいけなかったかもしれません。気楽に「味わう」つもりで映像から入ってみると、思ったより楽しめた作品でした。
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映画「リクルート」を観ました。老獪なアル・パチーノと、息づかいまで聞こえてきそうなコリン・ファレルの熱演が光ります。MITのエリート学生ジェイムズ(コリン・ファレル)が、CIAの採用担当者であるバーク(アル・パチーノ)にスカウトされるところから物語が始まります。スパイの候補者として選ばれたジェイムズは、レイラ(ブリジット・モイナハン)らとともに過酷な訓練をうけます。どこまでがテストでどこまでが現実なのか、何が真実で何が嘘なのか、だれが敵で味方なのか、観ている方まで騙されてしまうハラハラドキドキのサスペンス・アクションです。
なぜ信頼や愛までも利用し、自分を犠牲にしてまでCIAのスパイとなるのか?ファームと呼ばれる養成学校に入学した者に対して教官バークが言っていました。それは金やセックスや名声のためではない。世の中にある正邪の「正」、善悪の「善」を選ぶ正義の信念があるからだと。
映画のなかに登場する「スパルカス」や「アイス9」、レイラがいつも持ち歩く「コーヒーポット」など、敵や相手を欺くための小道具がいい味をだしており、それがホンモノなのかニセモノなのかに意味をもたせる演出が、いっそうストーリーに緊迫感を与えているようです。
こうした多くの伏線が敷かれながらストーリは進んでいき、最後のシーンでは、一瞬にして善悪が入れ替わり、ジェイムズが追い求めていた謎も解けます。これすら仕組まれた罠の結果であり、まさに「何ひとつうわべ通りではない」のです。「もう信じるふりができない。だから逃げだすのだ。」というバークのセリフだけは本音だったように思いました。
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子供といっしょに観ていたらゲラゲラ笑ってました。映画中にセリフがほとんどなく、DVDでも日本語吹き替えはないのですが、ビーンの表情や独特な体の動きをみているだけで面白さが伝わるようです。容貌はいい大人なのに、心は子供のままのビーン。そんな主人公に同化してしまうのでしょう。ドタバタコメディにしてはどこか品があり、センス溢れる仕上がりになっているのはさすがです。
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いよいよ夏休みの最終日、子どもと映画館に出向きました。ニューヨーク摩天楼を縦横無尽にスイングするスパイダーマンのスピード感は圧巻で、見ていて気持ちがよかったです。特に今回の宿敵ドック・オク(アルフレッド・モリーナ)との列車での激闘シーンはスリル満点でした。あまりの奮闘に顔面マスクがはがれてしまったシーン、「だれにも言わないから」と拾ったマスクを差し出す子どものセリフがほのぼのとしていて、スパイダーマンを応援してしまいたくなります。同じようにCGを駆使したアクションシーンでも、マトリックスシリーズがあくまでもクールで完全無欠なヒーローを演出しているのとは対照的でした。このようにアクションが素晴らしい作品なのですが、私としては自分を殺してヒーローを演じてきたピーター(トビー・マッガイア)の心の動きに思わず感情移入してしまう人間ドラマとして楽しめました。今回の悪役、4本の金属アームをもつ怪物ドック・オクですら、前回のグリーン・ゴブリンと同様、敵として恨みきれない宿命を背負った切なさが感じられます。それだけに、今回の作品で自分がスパイダーマンであることを愛する人たちに知られてしまった主人公ピーター。これまでの2重生活で悩んできた葛藤がどのように変化するのか、スパイダーマンに父を殺されたと信じ込んでいる親友ハリー(ジェームズ・フランコ)との関係はどうなるのか、MJ(キルスティン・ダンスト)との恋の行方はどうなるのか、などなど次作がどう描かれるのか、今から楽しみです。パート3は2007年公開予定とのことです。
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映画「壬生義士伝(みぶぎしでん)」で、主人公の吉村貫一郎が、故郷南部藩の道場で子どもたちに武術を教えるシーンでのセリフです。しばらく南部訛りが耳について離れませんでした。
「南部盛岡は、北に岩手山、姫神山、遠くさ早池峰山があって、こったに絵にかいたような美しいところは二つとなござんす。盛岡の桜は石を割って咲く。コブシの花は北さ向かっても咲くのす。世にも人にも先駆けて、あっぱれ、花っこ咲かせてみろ!」心にじ~んとしみる、あったかい言葉です。
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先のカンヌ国際映画祭では、史上最年少で14歳の少年が男優賞を受賞したという話題でもちきりでした。しかし、個人的には初めて日本のアニメとしてノミネートされ、海外で高い評価を受けたという作品だと聞き、こちらの方がずっと気になっていました。巨大スクリーン(16M×22Mという通常の映画館の10倍)と最新の音響設備を誇る品川アイマックスシアターでの上映という好条件にも惹かれ、確信犯として品川で早く仕事が終わるように段取ったわけです。評判どおり、ディティールにまでこだわった映像と、神秘的な音楽に圧倒されました。これがアニメかと思うほど美しくリアルです。スクリーンの背景には常に荒廃した未来都市の夜の情景が広がり、漢字であったり祭であったり東洋文化がかもし出す神秘的な映像が目に焼きつきます。ただ、ストーリー展開としては、登場キャラクターが語るセリフが難解すぎて正直疲れました。この映画には前作があるようなので、それを予習してからの方がよかったみたいです。古典やことわざからの引用は、知的な精神世界を演出するにはよいかもしれませんが、何の予備知識もなくこの映画を観た立場からするとむしろ雑音に感じてしまいました。電脳がハッキングされるなどマトリックスに似ていると思ったら、こっちが原点なんだそうですね。いろいろな人が言っているように、仮にもう1回観たならば、確かに、新たな気づきや違った味わいが感じられそうな不思議な映画でした。
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