書籍・雑誌

イリュージョン

「かもめのジョナサン」を読んだといったら
嫁さんが、リチャード・バックなら「イリュージョン」の方が好き
と奨めるので読んでみた。
・・・。
彼女に同感!これは名作だ。
「いい本だった」って言ったら嬉しそうでした。

イリュージョン (集英社文庫 ハ 3-1)

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君のためなら千回でも

どこかで聞いたことのあるフレーズだと思ったら、「カイト・ランナー」でした。
2月9日から全国ロードショーのようです。
君のためなら千回でも

ここ最近読んだ中で、もっとも衝撃を受けた本です。
安穏と暮らす私たちにとって、戦渦におかれたアフガニスタンの様子は、あまりに超現実的で、信じがたい世界ですが、人間にとって本当に大切なことは何か、つい物語のなかに引き込まれ、深く考えさせられました。

「良心を持たない者、やさしい心を持たない者は、苦しんだりしない。」
「一番大事なのは、おまえが自分を許すことだ。」
ラヒム・カーンからの手紙には、涙あり。
原作はこちら↓
カイト・ランナー
カイト・ランナー

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「いい家」が欲しい

もし家を建てるなら、だれしもがそう思うはず。
30万部も売れたベストセラーながら、賛否両論があるようです。
今読んでいますが、結構ショックを受けています。

湿気や結露の怖さ。
「良くて安い」は錯覚以外にありえないということ。
家づくりに関して、自分自身があまりにも無知だったということ。

「いい家」=「住み心地の良い家」を建てるためのポイントとして
著者は次の3つを挙げています。
・家の構造
・断熱の方法
・依頼先

そして、依頼先を選別するには、4つの相性
・人と人との相性
・工法とプランの相性
・予算の相性
・工期の相性
をじっくり確認することだといいます。
品質、コスト、納期、そして人
「なんだ!仕事と一緒じゃん」
そう思えば、納得です。
ただし、あえて「相性」といっているところが案外ポイントかも。
縁があった、縁がなかった
ということが重要だったりして。

いずれにしても、
発注者と受注者のように対立した関係ではなく、
「いい家」をつくる、という目標を前において
同じ方向を向いて一緒に仕事をしてくれる
工務店の存在が必須だと思いました。

施主として「いい家」をつくるための心得
「アセるな、ケチるな」
一言でいえば、そんなところかな。

「いい家」が欲しい。
「いい家」が欲しい。

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ゲドを読む。

「文庫本のかたちのフリーペーパー」
という話題性に惹かれてさっそっく入手。
ゲド戦記って、こんなに奥の深い物語だったんだ!

第一部はゲド戦記の愉しみ方について。道先案内人は中沢新一氏。
ゲド戦記がつくられた時代背景に着目することを提案しています。
原作者のル=グウィンが、なぜゲド戦記の舞台を「大地」ではなく、モルディブのような「多島海世界」(アースシー)を選んだのか、深い考察がなされています。

ゲド戦記が、全シリーズを通して訴えているのは「受け容れよ」ということである。
第1巻では、己を受け容れ、
第2巻では、他者を受け容れ、
第3巻では、死を受け容れる
という中村うさぎさんの話も分かりやすかったです。
これまでゲド戦記は読んだことがないのですが、何となく物語の全体像を理解する手がかりになった気がします。

個人的に一番興味深かったのは、宮崎吾朗監督と河合隼雄氏の対談です。
「生きていくってなんだろう」という話が、どうしても欲しかったという宮崎監督の考えがにじみ出ています。映画化にあたって、なぜ第3巻をチョイスしたのか、また、今の時代を「均衡」というキーワードで捉え、そこに生きる若者像にあわせてキャラクターをつくり込んだという話から、監督の映画にかける想いが伝わってきました。

「ゲドを読む。」読後の感想
「今の時代だからこそ、ゲド戦記を読んでみたい、観てみたい」
みごと、糸井重里氏のもくろみに嵌ったような気もするが。。。

Gedo


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うさぎのさとうくん

娘のお気に入りの絵本です。
うさぎのさとうくん (おひさまのほん)

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「美しい」ってなんだろう?

「美しさ」というのは最近のキーワードのように感じます。
たまには美術館に行こうかな。
森村さんの個展は、2007年7月17日(火)から横浜美術館でもやるみたいです。

「美しい」ってなんだろう?―美術のすすめ (よりみちパン!セ 26) (よりみちパン!セ)
「美しい」ってなんだろう?―美術のすすめ (よりみちパン!セ 26) (よりみちパン!セ)

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江夏の背番号は完全数だ

江夏の背番号は28で「完全数」だ。
「博士の愛した数式」の小川洋子さんは、この発見で小説が書けるな、と確信したそうです。ちなみに完全数とは、その数自身を除く約数の和が、その数自身と等しい自然数のことです。たとえば、
6=1+2+3
28=1+2+4+7+14
496=1+2+4+8+16+31+62+124+248
のように、例外なく当てはまる法則性。これが世にも美しい数学の一例。

素数のことを「混沌のなかの美の秩序」と表現する数学者のセンスにも脱帽です。
すべての自然数は素数の積で表せるというのに、その素数はといえば、2,3,5,7,11,13,17,19・・・のように気まぐれに出現するという事実。まさに神秘の世界です。

神様が隠しているこのような美しい秩序を発見するには「想像力」が必要だ。
対談のなかで、「国家の品格」の著者であり数学者の藤原正彦さんはそういいます。
もしかしたらこうかな?、足したり、引いたり、ひっくりかえしたり、想像したり、数を転がして、ころころと手のひらで弄ぶことが一番重要なのだと。

数学の話をきっかけに、「美しさ」という価値基準について考えさせられました。
美しい仕事とは?、美しいふるまいとは?、美しい生き方とは?・・・

世にも美しい数学入門

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虚礼廃止

年賀状や暑中見舞いなどを廃止するという意味で使われることが多いようです。
ビジネス上、形式的なやりとりを省いて、コストダウンしようという主旨はわかります。ただ、「虚礼」という言葉には引っかかりを感じます。広辞苑によると、その意味は「誠意のない、うわべだけの礼儀」とありました。

日本には旧来から「贈答の文化」というものがあって、お歳暮やお中元などによって人間関係を円滑にしてきた・・・
のような主張はよく聞きます。実際、そうなんだろうな、と思うこともあります。

霊長類研究者の正高信男氏の著書「他人を許せないサル」には、日本人の行動として、情報そのものを共有することより、むしろ「情報の共有」自体を共有することにコミュニケーションの重きが置かれている、とありました。たとえば、ケータイメールでは儀礼的で無意味な返信であっても、とにかく返信するという行為そのものが重視されているというのです。たしかに思い当たります。

表面上はコストのかかっている「虚礼」かもしれませんが、それを省略するということの意味を、少し考える必要がありそうです。
他人を許せないサル

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独裁者の弱点

まったく信じがたい出来事です。北朝鮮が7発目のミサイルを発射したというニュースを知りました。
われわれは、常軌を逸した独裁者をどうみるべきなのでしょうか。

歴史をひも解くことによって、今われわれが直面する難問が、すでに人類によって体験済みであることが分かる!
わが国の国際政治学の第一人者といわれる高坂 正堯さん(故人)の著書「世界史の中から考える」には、表題のエッセイが収められていました。

高坂氏は、「狂信者だけでは人間の社会を運営していくことはできない」ということを、独裁者ヒトラーの命令に従わなかった人物を例にあげて論じます。彼らは身の危険を察知しながらも、正義感や罪の意識からパリやプラハを破壊せよという命令には従えなかったのだといいます。人間は本来的に多様な価値観をもっており、一握りの狂信者の命令に服従するものではないということです。

また、「独裁者にはその命令を批判したり、逆らう人がいないがゆえ過ちを犯す」ことについて、湾岸戦争のときにフセイン大統領がとった愚かな作戦を例に挙げ、これを独裁者に典型的な負け方だといっています。駆け引きや国力示威のつもりが、実は全世界から反感を買っただけということに気づきもせず自覚もないところなど、今回の暴挙はもしかすると典型的な負け方の前兆かもしれません。
世界史の中から考える

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風の男

いま白洲次郎が熱い!
若年で英国留学し、吉田茂首相の懐刀として活躍。
GHQとの交渉では「従順ならざる唯一の日本人」とマッカーサーに言わしめた人物。
80歳までポルシェを乗り回したという長身のダンディ。
背筋がしゃんと伸びたかっこいい日本人です。
プリンシプル【principle】とは、原理原則とでも訳せばよいのだろうか。
筋を通せ!と詰め寄られた外国人はビビッたでしょう。

書店のコーナーを独占して特集が組まれていました。
風の男 白洲次郎

プリンシプルのない日本

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